1-2 ヒロインに出会う6分前!
「おい、主人。ここら辺にグリモワールの店はないか?」
アベルが店の主人に声をかけると、彼はカチカチと歯を鳴らせて震えていた。
「ぐ、グリモワール…る、る、る、る、」
彼は寒さで呂律が回らなくなっているようだった。
アベルは、常に極寒の冷気を纏っている。
長時間、飛行船に乗るために封印してきたが、疲れのために精神が限界まで近づき、もう押さえ込めなくなっていた。
「こ、こ、この寒さは……君の右手の、せいか」
主人は、アベルの右手の甲で鈍く輝く緋色の石を見て言う。
「その、小さな魔石……グリモワールの気なのか?」
「さぁあな。それより、グリモワールの店の場所を教えてくれよ」
彼のポケットには、グリモワールと呼ばれる『魔法書』が数点入っている。
それを売れば、しばらくの間は生活できるはずだった。
「そ、そっちの角を曲がるとある。曲がって上がって、目の前だ」
「ありがとよ。……あ、それとゴミを捨ててもいいか?」
「え、ゴミなんて勝手に……。まあ、そこにどうぞ」
店主が戸惑いながら承諾すると、アベルはスキニーのポケットからガムの紙を取り出し、そこに噛み終わったガムを出す。
それを丁寧に包むと、そっと店先のゴミ箱に捨てた。
「じゃ、どうもでした」
アベルはニッと笑ってからバイバイしつつ歩き出した。
角を曲がって直ぐ、行き止まりの道の先に太いハシゴがかかっている。
ハシゴの上に道の続きがあるようだ。
アスペクト・ステップという国は、数千もの浮遊地を鎖で縛り付けて一つにしている。だから、土地が凸凹しているのだ。
浮遊地は、内部に溜め込まれた魔石によって浮かび上がる大地の呼び名だった。
ハシゴを登り、崖の上に頭を出すと、思っていたとおり道が続いていた。
シャンシャンシャン。
シャンシャンシャン。
鈴音を鳴らしながら機械馬の黒馬車が頭上を飛んでいく。
「飛行する馬車、久しぶりに見たな」
浮遊地は魔力に恵まれていて、馬車が空を飛ぶ技術などが発達している。
それらは『グリモワール』という魔法の詩を吸収した魔石、つまり魔法書によって成り立っていた。
ハシゴをひょいひょいと登って道に出ると、また高い建物群がアベルを迎えた。
「みっけ」
街並みに、一つだけ碧い魔石で固めらている店がある。
世界魔法機関によってグリモワールを扱う店は、バリアの魔法をもつグリモワールで固めることが義務づけられている。
なぜなら、魔法の『詩』が入った魔石――魔法書グリモワールは危険物だからだ。
【爆発物取り扱いにつき、入る前に身体検査を行います】
そんな立て看板が、店の前に置かれていた。
その看板の横、店の入り口に、賞金首の似顔絵の最新版が貼り出されている。
罪人の名は、零。
彼を殺さずに捕らえる事で多額の報酬金がもらえると記されていた。
零の姿は、極悪非道を絵に描いたような巨人である。
もりもり筋肉、足首まで届くドレッドヘアー、凶悪な獣の目。身長は2メートル、体重は100キロ。
彼の罪は、神界無情の天主、王戒を殺したことと記されてある……。
子供の時に逃亡して五年が経過したため、描かれた姿は成長後の想像図だった。
アベルは、賞金首の絵を眺め「原型がまるでねぇし」と呟いた。
そして「ここだけ、あっているな」と指でタンっとポスターを叩いた。
そこには赤い文字で一文付け足されている。
――この者、のべつまくなし冷気を放ち、人を不快にさせる。
アベルはポスターから離れて、ニタリと笑った。
それを見た幼女が泣き出し、犬が吠え、カラスは天から落ちて、ななめ前のアイスクリーム屋はいきなりの冷気に怯えた。
「誤情報、誤情報、万歳三唱」
アベルは……幼き日に零と呼ばれていた彼は、ニタニタ笑いながらグリモワールの店に入る。
店内にいた客達がざわめいて逃げ場を探し始めた。
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そして、次からヒロインのパートです。
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