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ステゴロ 1

 アルベルトとベアトリーチェはまるで身分の差などないかのように会話をする。

 冒険者になると決めたとき時二人は「冒険者同士なら、対等な関係で居よう」と約束を取り決めたからだ。とはいえアルベルトは彼女の従者として正式に給金を貰っているのであり、本来なら主人である彼女に丁重に仕えなければならない。ため口などもってのほかだ。


 だがそのことでベアトリーチェは彼の物言いを無礼だなどと一々咎めたりはしない。

 ただ、時たま従者と令嬢の関係を持ち出し、無理やり言うことをきかせるのだ。


 今のように。


~~~~~~~~~


 アルベルトは掲示板の前で興奮の冷めやらない冒険者たちに囲まれていた。目の前には拳を固める一人の男が今にも殴りかかりそうな目つきでこちらを睨んでいる。血と汗で床が濡れている。


「俺はA級に賭けるぜ!」

「だがありゃ確かタンクだろ?俺はD級に賭けるな」

「従騎士ぃ!やっちまえー!」


 わあわあと粗野な野次馬どもの囃す声が聞こえる。人いきれ、脳がガンガンする声だ。


 アルベルトの背後ではベアトリーチェが薄笑いを浮かべながら足を組んで座っている。リリスとキーシャも一緒だ。


 彼はベアトリーチェに今しがた言われたことを思い出していた。


『私がね、懇切丁寧にお願いしてたら喧嘩してたみんなクエストを降りてくれたんだけど一人だけどうしても譲らないって強情なやつがいるのよ。1対1だから、思い知らせてやって』


『なんで俺が喧嘩なんてしなくちゃなんねぇんだよ!喧嘩ならキーシャだろうが!』


『うるさいわね。あんたに行きなさいって言ってるのよ』


『お、俺今いつもの防具身につけてねえよ!』


『そんなの知らないわ。早く行きなさい』


 ……俺が防具なしで殴られるところが見たいだけでは?

 とアルベルトは訝しんだ。

 目の前の武闘家はD級らしいが、いくらA級と言えどアルベルトのジョブは重騎士。いわゆるタンク呼ばれる攻撃を受け止める役割であり、相手を殴る喧嘩など向いていないのだ。武闘家はアタッカーであり、同じアタッカーのキーシャにやらせるのが普通だった。


「A級冒険者様がボコボコにやられるとこが見れるぞー!」

「あのクソ『黄金の舞踏会』が今から死ぬと思うと興奮するぜ」

「おい!傲慢女が戦えよ!」


 ひどい嫌われようにアルベルトはベアトリーチェを睨んだ。柄が悪い連中が興奮で盛り上がっているとはいえ、いつもより悪意の度合いが強い。絶対クエストを降りさせるためにA級冒険者を笠に着て上から目線の暴言を吐きまくったに違いない。


「おい……」


 目の前の喧嘩相手、武闘家の男が声をかけてきた。


「俺は確かになんの芽も出ないD級冒険者だがな……クズとか無能とか冒険者辞めろとか無駄な人生とか言われる筋合いはねぇんだよ……!」


「そ、それは全面的に謝る!」


 あのクソ令嬢め!何が懇切丁寧にお願いした、だ。パーティーの評判をどんどん悪くしやがって……!


「俺はなんと言われようがぜってぇこのクエストを降りないぜ……A級冒険者様がよ……この依頼受けなきゃ飢えて死ぬかどうかの瀬戸際なんだよこっちは……謝るくらいなら譲れよなぁオイ!」


 そう言って男は勢いよく殴りかかってきた。歓声が「オオぉ!」っと上がった。ステゴロだ。「スタート」の合図もなかったし「待ってくれよ」と言う間もなかった。


 アルベルトは慌ててみんなの方を見た。

 ベアトリーチェは口を歪ませて目を爛々と輝かせている。キーシャは背もたれにゆったりと腕を回して、いつの間に注文したのかエールをすすっている。リリスは頑張れ!と拳を握って応援してくれているが、その手首には宝石がジャラリとぶら下がっていた。


 碌な奴がいない……。と思った瞬間視界が大きく歪みとんでもない衝撃で床にたたきつけられた。

 殴られたのだ。


 ワッ!と更に観客が湧く。ぐわんぐわんと揺れる世界の中、友人のジョンが「俺はD級に賭けるぜ!」と遠くで言っているのが聞こえた。


 アタッカーのパンチをもろに受け、火が出るほど顔が熱く感じる。アルベルトは起き上がろうとしたが今度は顎を蹴られ、後ろにのけぞって倒れた。


 痛ぇ……口を切ったようだ……。鉄の味が広がってアルベルトはそう認識した。ぼんやり目を開けるとそこは観客の目の前だった。逆さまに倒れるアルベルトを見下ろしてベアトリーチェが笑っている。


「どうしたA級―!しっかりしやがれー!」

「てめぇに賭けてんだぞ!早く起きて反撃しろ!」

「ぎゃはは!死んじまえ―!」


 声が遠くに聞こえる。頭上で自分を見つめる二つの青い目だけに意識が吸い取られる。

 見せもんじゃねぇぞクソが……。そう声を出さないで唇だけで呟くとベアトリーチェはニヤッと笑った。


「良い顔よ」


 目の前で組まれた、細い足首がやけに白く見えた。アルベルトはペッと血を吐いてから立ち上がった。

 ググっと持ち上がっていく大きな背中を見てベアトリーチェは不思議な高揚感に包まれた。


 アルベルトは腰に巻きっぱなしだった剣帯をドサッと外し拳を握った。そして雄たけびを上げながら突進していった。


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