呑みすぎ獣人
リリスと入れ替わるようにして、木製スイングドアを押して見覚えのある少女がギルドに入ってきた。キーシャだ。彼女はアルベルトを見つけると片腕をあげた。
アルベルトはそばを通った給仕に茹でた豆を一皿頼んだ。注文前から茹でてあったであろう冷えた豆がすぐさま皿いっぱいに乗って届く。
キーシャが「ううぅ」と呻きながらさっきまでリリスの座っていた席に腰を下ろした。犬耳と尻尾がぐったりと垂れている。彼女は獣人族だ。
「寝坊だな」
「頭が痛いよ~」
「二日酔いでもあるな」
忠告を無視して呑みすぎるからだ、と小言を言いながらアルベルトは豆をつまむ。ついでにさっきの給仕に水差しを持ってきてもらうよう頼む。給仕は笑顔で頷いた。
「声が響いてガンガンするよ~今日なんかうるさくない?今何時?」
「確かに朝8時半にしてはうるさいな。割のいいクエストを求めて喧嘩だそうだ。それとあとな、お小遣い減額が決まりそうだ」
それを聞くと油で汚れたテーブルに突っ伏していたキーシャがガバッと顔をあげた。
「お小遣い減るの!?なんで!?」
「お前が呑みすぎるからが主な原因だ」
「打ち上げじゃん!呑んでなにが悪いの?」
「呑み『すぎ』が原因だと言ってるだろ。その二日酔いもな。大人になったっていうならちょっとは学習しろよ」
アルベルトは冷めた目で好物の豆を口に放り込む。
だが彼女にとってアルベルトに責められたことは承服できない内容だったようだ。彼女はガンガンと両手でテーブルを叩いた。
「呑んでるっていうならアルもでしょ!なんでボクばっかり悪いみたいに言われなきゃなんないのさ!それに!」
ビシッとキーシャが指をさす。アルベルトはポリポリと豆をかみ砕きながら横目で彼女を見る。
「今も豆食べてる!それ、経費で落とす気でしょ!」
ギクッとアルベルトは図星をつかれ動揺した。
「アルいっつもせこいんだ!なんかお腹すいたら大皿で分けれるやつばっか頼んでさ!それでみんなに食えよとか言って、それでみんなが食ったらパーティーの経費で落とすもん!今もその豆、もしボクが一粒でも食べたらパーティーの食費に換算するつもりだったくせに」
「な……そんなつもりねぇよ?当然自分で食った分は全部自分で払うつもりだぜ?ただお前らが食った分量とか計算してないし……そんな割り勘するよりは打ち上げ代と一緒にパーティーの金から分けた方が楽かなって思うだけで……」
「自分の食べたいもん頼んでるだけのクセに!そういう時大体アルが半分以上食べてるんだからもう全部自分で払ってよ!」
「ぐ……ぐぐ……!」
この件に関しては100%悪い自覚があり、なおかつ絶対ばれてないだろうなと思っていたところを突かれてアルベルトは呻くしかなかった。素知らぬ顔で「これ、食えよ」と親切そうに言っていた自分の性根が知られて恥ずかしいことこの上なかった。
アルベルトは「悪かったよ!」と言って給仕がそっと置いていった水差しから注いだ水をキーシャに突きつけた。
キーシャはアルベルトを睨みながらグラスを受け取り飲んだ。二日酔いが辛そうだったのでこれは純粋な親切心だ。だがこれで一旦の和解とはいかずキーシャはなおもアルベルトにネチネチと報復した。いつも小言を言われるのでその仕返しのようだ。
「この水代もどっかで天引きされるのかな。あ~やだやだ」
「はぁ?お前まだ言うか。そもそもここは水タダだろうが!」
「いつの間にかボクがワイン飲んだことにされてるんでしょ」
「しねぇよ!」
「ベアの陰に隠れてるけどアルってほんと頭おかしいよね。常識人ぶってるところが一番ヤバい!」
「うる、うるせぇなお前!」
ぎゃーぎゃーと口げんかを始めた二人のもとへ掲示板へ向かっていた二人が帰ってきた。
「あっちの喧嘩から帰ってきたらこっちでも喧嘩?勘弁してよ」
呆れたような声はベアトリーチェのものだ。
二人はベアトリーチェとリリスの存在に気付き視線を向けた。
「喧嘩じゃなくて子供をなだめてんだ。てかクエストの件、どうなった?」
「は、またすぐそうやって!」と騒ぐキーシャを無視してアルベルトが二人の様子を観察するが、リリスは申し訳なさそうにチラチラと俯いているし、ベアトリーチェは稀に見る笑顔で判然としない。
アルベルトはイヤな予感がした。
「あれねぇ、やっぱり喧嘩で決めることになった。だからあんた殴られに行ってよ」
「へ……?」
遠くで「オラ!ぐずぐずしてねぇで早く来い!」と誰かがこっちに怒鳴るのが聞こえた。
「ほら、早く行きなさい」
嘘だろ……。
アルベルトは息をのんでベアトリーチェの目を見た。冒険者ではなく、公爵令嬢の目をしていた。