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金欠のA級冒険者

 二人は朝7時に起床し、宿の朝食を食べている。冒険者になる前はアルベルトは5時起き、ベアトリーチェは6時起きだったので、のんびりできて少し嬉しい。


 ベアトリーチェは薄いコーヒーを飲んで目をしばたかせている。寝ぐせはない。ちゃんと櫛で整えてきたようだ。


「ベア」


 アルベルトは固いパンを噛みながら帳簿に何か書き込んでいたが、顔をあげてベアトリーチェに声をかけた。


「何よ」


「お前今週、財布余裕ある?」


 ベアトリーチェは怪訝な顔をした。


「はあ?あんた無いの?私より金持ちなくせに」


 アルベルトは冒険者稼業とは別に、ベアトリーチェの父から給金を貰っている。ベアトリーチェの従者として雇われている分の金だ。彼女は父親から送られてきた金を律儀にもそっくりそのままアルベルトに渡している。

 ベアトリーチェが彼を自分より金持ちと言ったのはそういうわけだ。


「いや、もちろん俺個人の金はあるんだが、パーティーの金がねぇ。これまたお小遣い減らさなきゃかも」


「えぇ……信じらんない。ただでさえ香水と本買うだけでぎりぎりなのに」


 冒険者パーティーで稼いだ金は、装備を整えたりするのに6割、後の4割をお小遣いとして4人で等分している。その6割が足りそうにないのでお小遣いを回収しようというわけだ。


 ベアトリーチェはため息をついた。ほこりっぽい室内で窓から差し込む朝日が無ければとても陰鬱に映ったことだろう。


「折角A級になったのにまだ帳簿とにらめっこして生活しなきゃいけないなんて冒険者って貧乏な仕事ね」


「ちょっと今月呑みすぎたな」


「キーシャよ。あの子トロールみたいに呑んでるわよ。あの小さい胃袋にパーティーの金がゴクゴク流し込まれてるんだわ。呑み代、各自持ちにしようかしら」


 「う~んそれだと会計がまためんどくさいんだよなぁ」とアルベルトはうなっている。彼自身パーティーで二番目に呑む方なので分けたくないという個人的な感情が含まれている。


 宿屋の娘が洗濯籠を抱えて横を通り過ぎた。下男がコーヒーもう一杯いかがですか、とベアトリーチェに声をかけた。彼女は小さく首を振った。

 二人は食事を済ませ、身支度を整え職場へ向かった。


 ~~~~~~~~~~


「よう【従騎士】!A級に昇格したんだって?」


 ギルドに着くなり二人はそう話しかけられた。【従騎士】はアルベルトのあだ名である。

 貴族然としたベアトリーチェといつも一緒にいるからだ。ベアトリーチェはエヴール公爵令嬢だと知られているわけではないが、どう見ても高貴な出自であることは容姿や振る舞いから明らかであり、じゃあアルベルトはお付きの騎士か何かだろうと言うことでこのあだ名がつけられている。


 話しかけてきたのは昨日ギルドに居なかった冒険者だ。


「おう、ヒルダ。おかげさまでな」


「いいね~、A級かぁ。A級様様は肉も食い放題、酒も飲み放題、ついでに女もつまみ放題、ってか?」


「それが悲しいことに、A級に昇進しても死ぬほど危険なクエストが更にたくさん受けれるようになっただけなんだよなぁ……」


 アルベルトがため息をついてみせるとヒルダと言う女冒険者は下品に笑った。

 するとそばで聞いていたベアトリーチェが不機嫌そうに吐き捨てた。


「気持ち悪い女ね」


 そっぽを向いて呟かれた罵倒が唐突だったので、二人は正確に聞きそびれた。


「朝っぱらから吐きそう。アルに気があるからってわざわざいやらしい話をして反応をうかがうなんて、発情した雌猿のやることだわ。好きならさっさと告白して玉砕して失せなさい」


 ギクッとアルベルトは冷や汗を垂らしたが、ヒルダは目をぱちくりさせて、怒るどころか体を揺らして笑った。

 気の短い冒険者集団の中で、この女の友人はとびぬけて鷹揚なことを思い出し、アルベルトはホッとした。


「お、アルベルト。アンタの可愛い姫さまは今日も元気に不機嫌そうだね。これはどぎつい嫉妬か、それとも私のことが嫌いなのか」


「悪いな、ヒルダ。おいベア……お前そんなだから友達がいないんだぞ」


「なによ、嫌いなの。友達なんてリリスとキーシャがいれば十分だわ」


 ヒルダはワハハ!と笑った。一方アルベルトはベアがパーティーメンバーを友達と言ったことに地味に感動していた。ベアが友達を作ることに散々失敗した過去があるからである。


「嫌われてるなら仕方ない。そんじゃ、好きになってもらうために一つ良いこと教えてあげよう。今、掲示板前が騒がしいだろ?」


 ヒルダが指さしたようにクエストの掲示板は人だかりが出来ていた。人ごみの向こうから時折歓声が聞こえ、何かろくでもないことが行われているのが良く分かった。

 アルベルトは背伸びしながら聞いた。


「ケンカか?」


「ああ、でもま、いつもの無意味な奴じゃなくてな。やたら割のいいクエストが貼られてたんだよ」


「割がいいってどれくらいだ?」


「金貨200枚。それも何とたった50キロ先までの荷台一台の護送クエスト。マルク商会ってとこが出してる」


 ベアトリーチェとアルベルトはびっくりして顔を見合わせた。


「誰がそれを受けるかってことでケンカしてるわけだ。まあ怪しすぎて見てるだけって野次馬も多いから見た目ほど取り合ってるわけじゃないけど」


「アル!今金欠よね?」


「ああ」


 ベアトリーチェはアルベルトの返事を聞くが早いか野次馬に飛び込んでいった。


「ありゃ、姫さんも無謀だねぇ」


「まあ……怪我しなけりゃいいが」


 アルベルトは情報のお礼を言い、他のパーティーメンバーを探した。


 アルベルトのパーティーはギルドへの集合時間が毎朝8時と決まっている。時間に正確な神官は当然ちゃんと来ていた。


「リリス、おはよう」


「おはようございますアルベルトさん。今朝は特別に騒がしいですねぇ……」


「何やら報酬の美味いクエストが出てるらしい。ベアがむしり取りに行ったが、果たしてどうかな。正直裏がありそうで俺は心配だな」


「なるほど……私も危険なクエストなら嫌ですね……」


 アルベルトは懐からスライムガム(イチゴ味)を取り出しぐにぐにと噛んだ。リリスに「いるか?」と聞くとコクリと頷いたので一粒分けてやり二人してぐにぐにと噛んだ。


「あ、そうだお小遣い減らすかもしれねぇ。さっき帳簿記入してたらぎりぎり無理そうだった」


「えっ!うそっ!今週は割と困るんですけど!」


 清楚なたたずまいから一転、リリスは取り乱して身を乗り出した。


「買いたいものがあるのか?」


「えっ、いやまぁ……ちょっとローンで……」


 目を逸らすリリスをアルベルトはジトっと睨んだ。丈の長い祭服の隙間からキラキラしたアクセサリーが覗いている。アルベルトは呆れた。


「また浪費か……。大した聖職者がいたもんだな」


「い、いいでしょう!?私のお金なんですから!」


「あんた最悪宿を引き払ってまた教会にタダで居候する気だろ。あそこの司祭に俺疑われたんだからな。うちの可愛い神官をタダ働きさせてんじゃないだろうなって」


「えっ」


「だから言ってやったよ。お金は平等に分配しています、もし疑うなら今度彼女の袖の下を見てみてくださいってな」


「えええっ!?」


 リリスは青ざめて袖口をサッと抑えた。ジャラッと欲望の塊がこすれる音がした。


「次行くときは気を付けないとな。流石に頻繁に行きすぎると怪しいぜ」


「ちょ、ちょっと冗談じゃありませんよ!私あそこでは良い子で通ってるんですからね!?とにかくお小遣いは減らさないでください。もし減ったら私また教会に駆け込まないといけないんですから!」


「お小遣い減らさないためにはいいクエスト受けなきゃなぁ……」


 アルベルトがそう呟くとガタタッと立ち上がりリリスは掲示板に突撃していった。

 さっきまで危険なクエストは嫌ですねぇと上品に座っていた女が血と汗で煙った人ごみに突っ込んでいくのだから金の力は恐ろしい。


 アルベルトは騒がしく、そして汚くて臭いギルドの空気を欠伸あくびと共に大きく吸い込んだ。


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