公爵令嬢ベアトリーチェ・ド・エヴール
物語を進める前に、公爵令嬢ベアトリーチェと従者アルベルトの軌跡を簡単に記しておこう。
ベアトリーチェ・ド・エヴールはエヴール家に生まれた7人姉妹の末っ子だ。
エヴール家は、先王の王弟の起こした貴族家で、その王弟の孫に当たるベアトリーチェはどこに出しても恥ずかしくない貴族中の貴族だ。
ベアトリーチェの父に当たるエヴール公爵は、王宮で大臣も務めており、財産は膨大。そして何より可愛い娘たちに首ったけだった。
その溺愛ぶりは大変なもので、目に入れても痛くないほど。おまけに尋常ではない活力で、7人もいる娘を100%平等に愛していた。それぞれに100%の愛情を注ぎながらである。
蝶よ花よと育てられた娘たちは時折増長し、時折自省し、立派な貴種の娘に育っていった。もちろんベアトリーチェもだ。
そして彼女たちは成人が近づき将来の道筋が固まり始めるとそれぞれ父親にお願いした。
長女が言った。
「お父様、わたくしショワーズ侯爵家に嫁ぎたいの」
エヴール公は喜んで娘に莫大な持参金をつけてやった。
1年後次女が言った。
「お父様、わたくしラインラートの土地が欲しいわ」
エヴール公は喜んで娘に土地を割譲してやった。
1年後三女が言った。
「お父様、わたくしブロワンヌ伯爵に嫁ぎたいの」
エヴール公は喜んで娘に莫大な持参金をつけてやった……。
と、そのようなことを続けて7人目のベアトリーチェの時、とうとう譲れるものもわずかになっていた。
「すまない愛しい末っ子よ。私はここにきて初めてお前の願いを叶えられそうにない。これまで7人平等に愛してきたつもりだったが、愛し方に計画性がないばかりにお前に悲しい思いをさせてしまう。愛は無尽蔵だが財産は無尽蔵ではなかった……」
これを聞いて娘は何と思ったか。それは誰も知らないが彼女は驚きの返答をした。
「ううんお父様。わたくしの願いはきっと叶えられるわ。お金がちょっぴりもかからないもの。……わたくし、冒険者になりたいの。その許可をちょうだい!」
初めて聞く娘の将来。エヴール公は目を丸くしたが可愛くおねだりされてしまえばどんなことでもOKしてしまうのが彼だった。
さぁ娘の後押しをすべく、危険な旅路に向かう娘に何人の護衛を付けてやろうかと息巻いていると彼女は言った。
「わたくしの護衛にはあの従者についてきてもらうわ。ほら、例の、何でも言うこと聞くあれよ。あれ一人で十分だわ」
これには父親も猛反対したが結局娘に押し切られ、毎月従者一人を雇うだけのお金を送金する約束だけ決定し、ベアトリーチェは冒険者になる旅に出たのである。