A級昇進!
「おめでとうございます!これで冒険者パーティー、『黄金の舞踏会』はA級に昇進です!」
そう馴染みの受付嬢が『黄金の舞踏会』の4人を祝福し、周りで聞いていた同業者、つまり冒険者ギルドの連中がワーッと歓声を上げた。
「やったじゃねぇかアル!」
本日の主役たちの中で唯一の男性アルベルトにドカッと肩を組んできたのは彼の友人のジョンだ。エールを片手に、少し酒臭い。彼はB級冒険者で、つまり同格だったアルベルトたちに水をあけられたわけだが素直に喜んでいる。気持ちのいい男だ。
ジョンが手渡してくれたエールを受け取りながらアルベルトはお礼を言う。
「おう、サンキュ」
「しっかしたった3年でA級かぁ……。才能あるやつらは羨ましいぜ」
「いやいや、お前だってもうじきA級になれるさ」
「それにパーティーが他3人とも美人なのも羨ましい!ちくしょうハーレム野郎め!!」
ジョンが恨めし気にアルベルトの首に手をかける。アルベルトは笑いながら首をすくめてくすぐったそうにしている。
ギルド内の酒場はお祝いムードだ。別にこの場のほとんどが『黄金の舞踏会』と親しいというわけではない。しかしA級昇進ともなると立派な功績だし、それになによりお祝いを口実に騒ぐことができる。冒険者はみな酒を飲んで歌うのが大好きな連中ばかりだ。
入れ替わり立ち代わり(普段関わりのないような)連中が背中を叩きながら「おめでとう!」と声をかけてくる。
アルベルトが素直に感謝しながらジョンとカウンターに肘をかけ呑んでいると、不機嫌そうな声が飛んできた。
「ちょっとアル、そんなつまんない男と呑んでないで早くこっち来なさいよ」
『黄金の舞踏会』のリーダー兼魔法使いのベアトリーチェだ。美しい金の髪、青い瞳、腰に手を当てこちらをキツく睨んでいる。
アルベルトが彼女の方を見ると背後でパーティーメンバーが既に座って乾杯を待っていた。パーティーの慶事なのに友人と喜び合って自分一人足並みを外していたことに気付き彼は反省した。4人の業績はまずは4人で祝わなくてはならなかった。
「じゃ、悪いジョン。行ってくるわ」
「おう、こちらこそ空気を読まずお前を独占して悪かった」
「あとお前はつまんない男なんかじゃねぇよ」
「丁寧にフォローを入れられると虚しくなる」
彼は笑って中身の入った木のジョッキを揺らした。アルベルトはジョンから視線を外し、ベアトリーチェたちの囲む円卓に座った。
「悪い、ちょっと友人と話してた」
「友人と話してたじゃないわよ。あんたほんと空気とか読めないわけ?」
「まあまあベアトリーチェさん。とりたてて責めるようなことでは……」
「そうだよ、A級昇進だよ?楽しく呑もう呑もう!」
ベアトリーチェが責め、神官のリリスが優しく宥める。戦士のキーシャはあっけらかんと既に楽しそうだ。
乾杯を済まし呑み始める。キーシャの言うように今日は純粋なお祝いの日なのだ。会計のことなど忘れて呑もう。
ちびとだけワインに口を付けたベアトリーチェがつまみの豆に手を付けながら不機嫌そうに話し始めた。彼女の不機嫌はデフォルトのことなので今更誰も気にしない。
「だいたいあんたさっきハーレムとか言われて笑ってたわよね。ちゃんと否定しなさいよ」
しかしこれにはアルベルトも不愉快になった。ハーレム状態だ~なんて甘い気持ちでこのパーティーを組んでいるわけではないことはメンバーなら誰だって分かっている。
「はぁ?あんなのジョンだって冗談で言ってる。それを一々否定してたら面白くもないだろ」
このように、ベアトリーチェの好き放題な文句に、ちゃんとアルベルトは反抗する。そういう形でこのパーティーの人間関係は正常に保たれている。
ベアトリーチェがアルベルトの反論に耳を傾けたことなどないが……。
彼女はどっかと頬杖をついた。
「ハーレムだなんて言われて面白くないのはこっちよ。ねぇリリス」
「ハーレムですか……破廉恥ですね」
リリスはコクっとエールを呑みながら小さく呟いた。頬が赤いのは早速酒が回ってきている証拠だろう。酒が入るとぼんやりするこの神官はちゃんと話を聞いているのかいないのか。対してキーシャはご機嫌そうにがぶがぶとアルコールを喉に流し込んでいる。
アルベルトは豆を3つ口に放り込みバリボリと噛んだ。ベアトリーチェと口げんかする覚悟を決めたようで、ジョッキを持った手の人差し指を彼女に向けた。
「全く……空気が読めないとかどの口が言ってんだよ。お前の素行のせいでうちのパーティーは敬遠されてんだぞ」
「はぁ?何?いつのこと言ってるのよ。雑魚冒険者に雑魚って言ったこと?それとも」
「これまでの全部だよ!さっきだってジョンのこと無意味に貶しやがって……」
「何か言ったかしら」
「『つまんない男』って言ったんだよ!お前ジョンは平凡顔なことが悩みなんだからそういうこと言っちゃダメだろうが!」
「本人も自覚あるんじゃない。事実なんだからいいのよ」
「良いわけねぇ!」
いつものように衝突し始めた二人に、キーシャが5杯目のエールをあおりながらつまらなさそうに割り込む。
「ねぇ~好きだね口げんか。もっと楽しく呑めないの~?もう」
「したくてしてるんじゃねぇよ!コイツの間違いは誰かが正してやらねぇと……っておい!キーシャ飲みすぎだぞお前!まだ子供だろうが!」
「え~?もう十五だも~ん。成人です~」
「成人になりたてでそんな量呑んだらぶっ倒れるかもしれないだろうが!」
「いいや、成人なんだから呑んでいいのよ!呑んでいいのよキーシャ、この男がうるさいだけなんだから」
「だよね~ベア。くひひっアルったら年寄りみたいにうるさいんだから」
ぎゃーぎゃーと酒の席は騒がしくなり始めた。
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普段より呑んで普段より眠そうなリリスと、流石に千鳥足になったキーシャと別れ、アルベルトとベアトリーチェは二人同じ方向に歩き始めた。何を隠そう二人は同じ宿なのである。
普段の倍は呑んだベアトリーチェは珍しく顔を赤くして酔い、アルベルトに肩を借りて歩いている。
アルベルトはベアトリーチェの重さを支えながら、なんだかんだコイツも嬉しかったんだろうなと考えて夜空を見上げた。月が白い。
彼だってA級昇格は嬉しかった。苦節3年。人に言わせれば短いのだろうが、若い彼らにとっては果てしなく長い努力だった。
アルベルトは、初めてベアトリーチェが冒険者になりたいと言った時、果たしてわがままな彼女が辛い稼業で何日続くか見ものだと思っていた。しかし予想に反して彼女は3年頑張った。アルベルトはベアトリーチェを偉いと思った。
……たまには誉めてやろうかな。
宿場『森モグラ亭』に着き、アルベルトはベアトリーチェを彼女の部屋のベッドにおろした。ベアトリーチェは起きていた。
アルベルトが「着替えてから寝ろよ」と退室しようとした時、ベアトリーチェが口を開いた。
「ねぇ、こっち来て」
アルベルトは振り返った。吊るされたランタンの火が飛び回る蛾の影を映した。火は、ベアトリーチェの金髪を白くなるまで照らしている。
今日はめでたい日、祝いの日だ。もしかしたら二人の関係が変わるかもしれない。
ベアトリーチェはストッキングをするすると脱いだ。上体を起こしている。
「こっち来て、足を舐めなさい」
だが、発せられたセリフはいつも通りで、アルベルトはガックリ悲しくなった。
「……ふざけたこと言ってないで、寝ろよ」
「命令よ、アルベルト。足を舐めなさい」
「……」
アルベルトはついさっき、月を見ながらたまには誉めてやろうかと考えて胸が温かくなったことが台無しにされた気分で額に青筋を立てた。
「……てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ」
「てめぇじゃなくてベアトリーチェ様でしょ」
「ち、ちくしょう、ちくしょう、ベアてめぇ、今日くらい良い気分で居させろよ……!」
アルベルトはそう言いながら拳を悲しそうにぎゅっと握りしめズンズンと彼女に近づいた。ベアトリーチェは体格のいい男が歯を食いしばりながら近づいてくるのを余裕の表情で見上げている。
アルベルトはベアトリーチェの前で立ちすくんでいたが、とうとう跪いて「ぢぐしょう~~!!」と呻きながら足を舐め始めた。
「足なんか舐めさせて楽しいかよこのド変態!ちくしょう、ちくしょう!」
「あんたの舌の感触は気持ちが悪いわ。でも体格のいい男が私に跪いて言いなりになっているのを見るのは気持ちいいわ」
「ド変態!くせぇんだよ!てめえの足」
「失礼ね」
ゲシッと舐められていない方の足でベアトリーチェはアルベルトの鼻面を踏んだ。普通にとても痛く彼は涙目になった。
アルベルトの擁護をすると、実際、一日中働いて洗っていない足なのでにおいがするのは本当だった。
そしてベアトリーチェの擁護をすると、彼女の足は普段から清潔に保っており、一日中働いた割には不快なにおいではなかった。好事家に言わせるととても素敵な足らしい。
ベアトリーチェは、心底イヤそうに足を舐める男を満足げに見下ろした。
彼女の本性はこれなのだ。普段周囲に見せている高飛車できゃんきゃんとうるさい状態でも、まだ猫を被っているようなものだ。彼女は他人を、精神的にも肉体的にも傷つけるのが好きなのだ。
そして彼女の標的はもっぱらこの不幸なパーティーメンバーだった。何よりも不幸なのは、彼が決してMではないことだろう。
アルベルトに中指と人差し指の間を舐められベアトリーチェはピクッと反応した。
彼女はもう一度アルベルトの鼻を踏んだ。
「もういいわ、犬」
「ぐおぉ……てめぇ……」
「てめぇじゃないでしょ。ベアトリーチェ様でしょ」
そして不幸で、決してMではないこの男が彼女の言いなりになっている理由、それは
「あんたは私の従者なんだから」
「なんで公爵令嬢様がこんな歪んで育つんだよ……!」
彼女が公爵令嬢で、彼がその従者だからだ。