花火大会 後編
TGOのβが始まって3日目の今日、私は思い切り浮かれていた。
流生が花火とお泊まりに誘ってくれたからだ。
お泊まりと言っても、エッチはなし。
そもそもTGOでは、エッチは出来ないしね。
一昔前は、VRの花火大会は『偽物』とか言われていた。
しかし、ここ数年、現実に負けない人気がある。
花火自体のクォリティの高さは勿論の事、その他にもVRならではのメリットが沢山ある。
先ずは、天候に左右されない事。
これはとても大事だ。
せっかく流生が誘ってくれたのに、雨天中止なんて事になったら、どれくらい凹んでしまうか、自分でも分からない。
2つ目は、浴衣の着付けが必要ない事。
ワンクリックで、装備を浴衣にチェンジするだけ。
運営が浴衣を準備してくれてるって、ウィンディが言っていた。
流生が気に入ってくれる可愛い浴衣を着たいな。
3つ目は、過剰な混雑がない事。
会場は幾つかのインスタンスエリアに分かれており、定員が決まっている。
何時間も前から場所取りをする必要がない。
4つ目は安全面。
セクハラ防止機能がある為、痴漢に遭う心配がない。
執念いナンパも、運営に通報すれば対処してもらえる。
他にも、幾ら買い食いしても食べ過ぎる事もなければ、体重の心配もない。
蚊に食われる事もない等、多くのメリットが有る。
そんな訳で、今やVRの花火大会は人気のデートスポットだ。
流生は、私をその花火大会に誘ってくれた。
しかも、お泊まり付きで。
期待するなって言う方が無理だ。
私と流生はログインすると、アムダスのプレイヤーハウスにポップした。
「ウィンディいる?」
流生がナビAIのウィンディを呼び出した。
『は〜い、いますよ』
「凛に浴衣を用意してくれ」
『もう準備出来てますよ。勿論、彼氏さんの分もありますよ』
ウィンディが浴衣のカタログ(?)を私達に見せてくれた。
流生は、紺の浴衣にグレーの帯を選んだ。
「凛、これ、どうだ?」
「うん、シンプルだけどよく似合ってる」
「有難う。せっかくだし、今日は髪の色も黒にする?」
「え〜、緑のままがいいな」
「分かった。このままにしておく」
流生の浴衣は、直ぐに決まった。
下駄を履いたせいで、何時もより背が高く感じる。
「私の浴衣、流生が選んでくれる?」
「自分で気に入ったモノの方が良くない?」
「流生に選んで欲しいの」
「そうか。ちょっと気になったのが有るんだ。ウィンディ、これ出してくれ」
流生が選んだ浴衣は、ミント地に紫の朝顔の花柄。
赤い帯に、鼈甲の簪。
竹籠の付いたピンクの巾着に、赤い鼻緒の桐下駄。
「凛、着てみて」
「うん、ちょっと待って」
流生のいない所で、装備をチェンジする。
姿見で確認すると、良い感じだった。
これなら流生も気に入ってくれそうだ。
「流生、どうかな?」
固まってる。
「もしかして見惚れちゃった?」
「……」
調子に乗り過ぎたかな。
「み、見惚れた…す、凄く可愛い」
「…あ、あ、りがと」
流生って恥ずかしがりながらでも、素直に褒めてくれるんだよね。
髪を切った時も、寝顔を見られた時も、『可愛い』って言ってくれた。
こう言う所が、凄く好きだ。
「そろそろ行こうか?」
差し出された流生の左手に、右手を重ねた。
恋人繋ぎにも大分慣れたけど、やっぱりドキドキする。
北門に向かって歩くと、小さなアーケードがあった。
多分ここが、インスタンスエリアの入口だ。
アーケード内には左右に、3軒ずつ屋台が出ていた。
「凛、何か買う?」
「この先にも沢山屋台出てそうだよね」
「あると思うよ」
「じゃあ、綿菓子だけ買って」
流生が手にした綿菓子を齧りながら、北に向かって歩く。
ナチュラルに『あ〜ん』をしていると、周囲の視線を感じた。
「あの2人、リアルカップルかな?」
「良いなぁ、彼氏優しそう」
「リア充、爆発しろ!」
羨ましがる声やテンプレの罵声が聞こえて来る。
花火大会自体が、リア充のイベントだと思うんだけど…
第1期のβに呼ばれてる時点で、ネトゲ廃人みたいなモノだもんね。
ゴエモンさんカップルみたいな方が例外で、彼氏や彼女がいない人の方が多いんだろうな。
暫く歩くと、沢山の屋台が並ぶ土手に出た。
こんな土手あったっけ?
「花火大会の為に、地形変えたのかな?」
「いや、花火用のインスタンスエリアだろう。アーケードを潜らないで北に向かえば、門を抜けて草原に出るんじゃないか」
「そういう事か」
「浴衣と言い、この土手と言い、運営も随分サービス良いな」
「初回のβに招待されだけでもラッキーだったのに、夏休みの終盤に花火大会まであるなんて…」
「凛と一緒に来れて良かった」
「…あ、ぁう、」
不意打ちに動揺していると、流生がレジャーシート(要らない皮のコート)を空いてるスペースに敷いてくれた。
「飲み物と軽く食べる物を買って来るよ」
「一緒に行こうか?」
「いや、場所をキープしててくれ」
流生が屋台で、たこ焼きやらカキ氷やら色々と買って来た。
2人で並んで座って、空を見上げる。
ピュゥゥゥ、ドドン!
「始まったな」
「いきなり、大きいのが上がったね」
流生と手を繋いで、次々に打ち上げられる花火に見入っていた。
特に会話はないが、心地よい時間が過ぎて行く。
不意に流生が口を開いた。
「あのな、凛に言っておく事があるんだ」
(えっ?!いきなり?心の準備出来てないよ)
「な、何?」
「俺、来年、凛のいる高校(桐谷高校、通称桐高)を受ける事にした」
(なんだぁ〜、告ってくれるんじゃないんだ。肩透かし食っちゃった…)
「桐高も確かにガチの進学校だけど、流生ならもっとレベルの高いとこ行けるでしょ」
「まあ、女子校以外なら、何処でも受かるよ」
「…凄い自信ね」
「それだけの事はしてる」
「確かに、ゲームの合間に勉強してるよね」
それだけで全国模試一桁って言うのも、どうかと思うけど…
「それでな、1学期の期末テストで2年生の試験受けて飛び級する」
「……」
数年前から、この国でも飛び級の制度が導入されていた。
しかし、義務教育中の飛び級は認められていない。
現状の制度では、高校1年の2学期が飛び級の最速となる。
「流生なら、3年生に飛び級出来るんじゃない?」
「出来るよ」
「……」
「凛のいる学年て言うか、クラスに行きたいんだ」
「そ、それって?!」
(ここまで思わせぶりな事言って、姉弟仲良くしたいとかだったら、思い切り拗ねちゃうよ)
「だから、凛も一番上のクラスで待ってて欲しい」
(あ、そうか。飛び級して来るって事は、上の学年の上位に食い込んで来るって事だ)
「む、無理だよ。トップのクラスって20人しか枠ないんだよ。上位5人は特待生だし」
「凛なら大丈夫。此間から宿題見てたけど、凛はちょっと要領が悪いだけで、地頭は凄く良いよ」
「流生が勉強見てくれるの?」
「勿論。必ず2学期に追い掛けるから、凛も頑張って欲しい」
(返事したら、この話終わっちゃうのかな?もうちょっと突っ込みたいな)
「流生は、何で私と同じクラスに来たいの?」
「…あ、ほら、2年の2学期に間に合えば、修学旅行とか一緒に行けるだろ」
(それは、考えてなかった。私も修学旅行、流生と一緒に行きたいけど、そうじゃないでしょ)
「流生、はぐらかさないで。ちゃんと理由教えてくれないと、勉強するモチベーションが上がらない」
「……」
「……」
(あれ?強引だった?主導権、私に移っちゃった?こうなったら、ここで言わせちゃえ)
「男の子なら、ちゃんと言えるよね?」
「…う、う、…凛と一緒にいたいんだよ」
「何で?」
「……」
(流石の流生でも言い淀むよね。でも、もう一押しだ)
「ほら、頑張って」
「…凛の事が、す、好きなんだよ。か、彼女になって欲しい」
「〜〜っ♡」
(な、何これ?破壊力、ヤッバい!)
今までクラスの男の子や先輩に告られても、嬉しいと感じる事はかった。
寧ろ下心が見え見えで、気持ち悪いとさえ思った。
周りの人に聞こえるんじゃないかって程ドキドキしてるけど、余裕のある振りをして流生の頭を抱き寄せた。
「良く出来ました」
チュッ♡
抱き寄せた流生の頭を離して、額にキスをした。
「…り、凛、周り見えてる?これじゃ公開処刑だよ、…晒し者だよ」
流生が恨めしそうに私の顔を見た。
周りの人が、チラチラと私達を見ている。
多分、全部聞かれた。
『彼氏さん、凄〜い♪ こんな人の多い所で告白するなんて、見直しちゃいましたよ』
いつの間にかウィンディが傍にいた。
ゴエモンさんとアステリアさんも、私達の背後に立っていた。
「お前らと花火を観ようと思ったんだけど、邪魔者は消えるわ」
「ルイ君頑張ったね。お姉さん、キュンキュンしちゃったよ」
ゴエモンさん達は、私達に気を使って去って行った。
「確かに切り出したのは俺だけどさ、プレイヤーハウスで2人きりになってから、落ち着いて告るつもりだったのに…、ここで最後まで言わされるとは思わなかった…」
(あっ!そうだった。今日は朝まで一緒だったんだ。何で私、焦ってたんだろう?)
「もう開き直った!人目なんか気にするのやめる」
流生に身体を抱き寄せられ、至近距離から見つめられた。
「ち、ちょっと待って。う、嘘だよね。こんな人前で…」
「本気だよ」
「……」
流生の顔が近付いて来る。
目を閉じると、唇が重ねられた。
私には、紐付ける記憶が無かった。
(本当のキスってどんな感じがするんだろう?)
現実に戻ったら、もう一度キスして貰おう。
そう思いながら、私は花火を見上げた。
お読みいただき有難うございます。
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