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王様な財閥当主と、専属の元令嬢メイド

「すぐに来い」

「かしこまりました」

 傲慢さを凝縮濃縮させたような声に、涼やかな声が応じる。

 内線での短いやりとりの十秒後、執務室の扉が開いて、

「お待たせしました」

 メイドが入ってきた。

「遅い」

「はい」

「待ったぞ」

「申し訳ありません」

「だから、ここに常時控えてろと────」

「お断りします」

 主の言いつけを、メイドは即座に却下した。

「仕事を放り出させるわけにはまいりませんので」

「まったく……」

 不満そうな表情で主がぼやく。



 とはいえ、これはメイドの方が正しい。

 側にメイドがいる場合、この主はほぼ確実に仕事を放り出してメイドに手を付ける。

 その確率は100パーセントと言ってよい。

 そんな事をさせるわけにはいかない。

 主は財閥の頂点に立つ当主なのだから。



 その為、メイドは可能な限り当主と同じ部屋にいる事を控えるようにしていた。

 呼び出しがあればすぐに応じられるよう、隣室に待機している。

 ただ、それが主には不満のようで、呼び出す度にいつも愚痴をこぼす。

 ほんのわずか数秒の遅れに対してだ。



「なんでこんなに待たねばならんのだ」

「わずか数秒です」

「その間、到着を待たねばならんのだぞ」

「我慢してください」

「どれだけの損失だと思ってるんだ」

「それよりも仕事をしてください」

「大半は重役や幹部に振り分けられるものであろう!」

「そこで判断が出来ない重要案件が上がってくるんです。

 面倒がらずに裁決してください」

「それよりも、お前との時間が────」

「取るに足らない事だと、いい加減理解してください」

「断固として断る」

「仕事をなんだと思ってるんですか」

「お前といちゃつく事の方がよっぽど重要な仕事だ」

「どんな業務ですか、それは」

 つとめて冷静に言い返し続けるメイド。

 そのメイドのこみかめは、大分前からひくつき始めていた。



「だいたい、重要案件も今は無い。

 取り急ぎやらねばならん事もない。

 なのに、ここで一人でいなくてはならん。

 その方がよっぽど不毛であろう」

「それならば今後に展望についてあれこれ考えてはどうですか。

 この財閥の今後について、考えねばならない事もあるでしょう」

「もちろんあるぞ」

「でしたらそれをですね……」

「目下のところ、早急に解決せねばならん問題がある」

 メイドの言葉を遮り、主は言葉を続ける。

「業務を概ね順調にこなしてる我が財閥だが、将来を考えるに一つの不安要素がある」

「それが後継者問題であるならば、早急に婚姻を結ぶ事を以前からご提案しています」

 メイドは即座に言葉を返した。

「……これで何回目だと思ってるんですか、その話は」

「さあ」

 とぼける主。

「お前が承諾しないから何度も繰り返している」

「そんな立場ではないと何度もご説明しております」

「傘下企業の社長令嬢だろうに。

 なんの問題があるか」

「既に倒産した企業の関係者でしかありません」

 そう言ってメイドはため息を吐いた。



 主の言葉通り、メイドはかつて財閥傘下企業の一つの社長令嬢であった。

 ただ、その企業は傘下企業とはいえ、外様も外様。

 更に言えば、もともとは対立する企業の一つであった。

 財閥が現在の姿になる途中に立ちはだかった者達の一つである。

 その会社が企業間戦争で潰れ、吸収合併という名のもとに消化されていった。

 現在も会社の名前はブランドとして残ってるが、事実上、財閥の一部門でしかない。

 そんな会社の社長令嬢など、名目だけのものでしかない。

 何より、もともとは敵対した者同士である。

 添い遂げる事が出来るような間柄ではない……はずである。



 しかし、事はそう単純では無い。

 結果として対立する事になったが、もともとはそれなりの交流のある関係だった。

 それが提携先や取引関係の都合で対立する結果になってしまった。

 実際、主とメイドも幼少期の頃からの顔なじみである。

 それがあるからこそ、主も元社長令嬢を取り立てている。

 ただ、本来ならばもう少しまともな立場や役職を与えるつもりであった。



 とはいえ、互いの都合や立場を考えるとそれも難しかった。

 メイドの実家は結構強硬に対立していた。

 それも提携先や取引先への義理立てもあるのでやむをえない。

 しかし、そうした抵抗を示した者達を、おいそれと重要な立場につけるわけにもいかない。

 例え吸収合併し、元の形が残らないようにしていても、関係者である事は変わらないのだ。

 そういった者達への怒りや憤りというのも残ってる。

 煮え湯を飲まされた者達だっている。

 そういった者達の感情もあるので、迂闊な事は出来なかった。

 それは社長令嬢であったメイドにも分かっていた事である。

 だからこそ、業務に関わるような立場は辞退していった。

 それにより、本当に野に放たれるような事になるとしても。



 ならばという事で、業務関係ではなく日常生活の世話という形での採用となった。

 つまりはメイドである。

 社長令嬢にやらせるのもどうかという仕事ではあった。

 実際に家事などをするような立場ではなかったのだから。

 しかし、主は強引にこの決定を実行。

 社長令嬢はメイドに立場を変えていく事になった。

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