キングウォンバットと蒼き山々
巣穴から出てきたのは、コアラの様な顔の、四足歩行の生物。かわいらしい顔をしているが、体長は目測でも2mはあり、熊と大差ない大きさだった。
「く、熊!? コアラ!?」
「ウォンバットかと思われますわ。あまりうろたえないで下さいませ。温厚な生物ですのでめったに人に危害は加えませんわ」
ウォンバットとかいう生き物は、物色するかのように目の前まで迫って来て僕を見た。そして益するわけでも害するわけでもなく、またのそのそとどこかへ歩き始めた。
「ついていってみようか…」
それから小一時間ほど、岩や山や木々がうねり絡み合う幻想的な風景が続く。
最初こそ、この景色を観光気分で楽しんでいたが、やがて足が疲れてくると、終わりの見えない旅路にくじけそうになってくる。
「OKソーラクトゥリー、目的地までの時間は…?」
「私のことはトゥリーと呼んでくださいませ。それから目的地は現在定まっておりませんわ」
「キャラクター性高い口調の割に、冗談通じないんですね…」
これはまあ、僕のネタ振りも悪いが。
「ですが、どうやら山はここまでのようですわ」
トゥリーがそういうと、僕の目前が開け、これまた広大な草原が現れる。
そこに流れるいくつもの川には、緑の点が浮かんでおり、目を凝らすとそれは木であることがわかる。
もう既に足が限界を迎え、膝は爆笑モノと言わんばかりに震えているのに、目を凝らしても建造物ひとつ見えない。
景色が変わったのはいいが、これでは絶望がより近づいただけではないか。
僕はへたり込み、ウォンバットに休憩を促そうと振り返る。しかし、当のウォンバットは先ほどより歩みを進めようとしているではないか。
ついてきたのは失敗だったかもしれない…そう思った時、僕の義手が赤く発光した。
「瑛太様、ご注意くださいませ。空から私たちを狙っている物がいますわ」
トゥリーの警告に、僕は顔を上げる。そこにいるのはただの鳥だ。僕には、回りながら悠々と飛んでいるようにしか見えない。
「お、驚かさないでくれませんか……」
「ウォンバットが警戒しています」
その言葉に、ようやく僕は自分の状況を理解した。先のウォンバットの行動は、僕を急かしていたわけじゃなかったのか。
あれだけ大きなウォンバットを捕食するのだから……なんて思っている暇はなかった。既にウォンバットはどこかに隠れている。そして振り返ると、その鳥がこちらへ急降下しているではないか。
この世界に来てから再三言った言葉だが、その鳥もまた、とにかく大きかった。
僕の体を丸のみにできるんじゃないかという程の巨体がこちらに迫ってくるのだから、怖いなんてものじゃない。
僕は棒みたいな足を無理やり動かそうとする。しかし、恐らくは大の大人が走っても逃げ切れないだろう。だってあいつ飛んでんだぞ。
「そうだ、魔術!何かないのトゥリー!」
「お任せくださいませ、今頭に浮かんでいる単語を言っていただければ、即刻発動する準備はできておりますわ」
頭に浮かんでいる単語…確かに数秒前から不自然に頭に残るフレーズがある。
なりふり構わず僕は叫んだ。
「震光灼!!」
僕は手を突き出して唱えた。
しかしその魔術は、手からバリアが展開するだとか、麻酔銃が発射されるとかはなく、僕の想像を絶するものだった。
ただ目の前の鳥が突如炎上したのだ。
驚きながらバランスを崩した鳥は慌てて軌道修正しようとするが、一瞬で火だるまになって墜落した。
僕は唖然としながら、その様子をみていた。
森に墜落していったのに、火の手ひとつ上がらないのを見ると、鳥がまだ生きているのかと思ったが、見に行くと、既にこんがりと焼けた肉があるのみだった。
僕の感情はぐちゃぐちゃだった。死の恐怖を免れた安心感。この義手の力への恐怖。
だが、それをかき消してまで僕を支配したのは、本当にくだらない感情だった。
鼻腔をくすぐる匂い。今しがた捕食者から被食対象になった鳥の肉からのものだ。
ぐぅ、とお腹が鳴る。要するに「おいしそう」と思ったのである。
「食事にいたしましょうか」
ウォンバットはというと、草陰に穴を掘って隠れていた。
あの僅かな時間でこの大きさの穴が掘れるのか…と感心しつつ、ちょうどよかったのでその穴で食事にすることにした。
正直言うと、味はお世辞にもいいとは言えなかったのだが、披露した体で食べる肉というのは言いようもなく美味しかった。
満腹になるころには、足の疲れは取れていた。まだ少しは歩けるだろうか。
だけど、その前に。
「…トゥリー、僕が使える魔術を、詳しく教えてくれますか?」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
良ければブクマと評価していってね。
キングウォンバット
哺乳鋼 双前歯目 ウォンバット科 ウォンバット属 キングウォンバット
でかいウォンバット。穴を掘り巣穴を作る。かわいい。
※この作品に登場する動物は、一部を除き創作されたものです。現実を元に創られていますが現実には存在しません。