ソーラクトゥリー
「瑛太様、瑛太様。起きてくださいませ」
柔らかな、女性の声。
「…誰?」
記憶を探る。確か、僕は、腕を切り落とされたはずだ。生きていることすら信じられない。
目を開けると、狭苦しい穴ぐらの中に僕はいた。
メカメカしい棺桶のような箱から吐き出された僕は、声の主を探す。
「おはようございます、瑛太様。私、義手型魔術デバイスの『ソーラクトゥリー』と申しますわ」
慌てて自分の左腕を見る。聞こえた通り、僕の腕は義手になっていて、この声はその義手から発せられているようだった。
しかも魔術だとか、現実ではまず聞かない単語も混ざっている。頭の整理が追いつかない。
「えっと……すみません、状況がよく理解できないんですけど…」
「ああ、はい。瑛太様は眠っておられましたので、知らないことも多いでしょう。簡単に説明させて頂きますわ」
そう言うと、義手は魔術についての説明を始めた。
聞くと、魔術とは、大気中に存在する『フォトン』という物をエネルギーとして利用する術のことを言うらしい。
そして、フォトンを吸収、変換することでエネルギーを生み出すのに使われるのが魔術デバイス。
「わかったようなわからないような…」
「実際に使うときにまたご説明いたしますわ」
「はあ…それより、ここはどこなんですか」
そう、今は魔術の話よりも、自分がどういう状況に置かれてるかが知りたいのだ。
なにぶん魔術だとかが存在する世界だ。危険な場所でもおかしくはない。
「……それは私にもわかりません。この穴は、動物の巣穴だとは思いますが」
「わからないんですか!?」
明らかオーバーテクノロジーといった風貌なのに、マッピング機能すらついてないのか。
落胆すると、なんだか混乱していた頭も落ち着いてきた。
ともかくここから出よう。動物の巣穴を荒らしたとなれば後が怖い。
穴から這い出ると、まず目前に映るのは池。それも、筆を洗った後の筆洗みたいなパステルカラーの蒼い池だ。
そして、それを取り囲む無数の大自然。あまりにも美しく、そして絶望的な光景だった。
困難に直面してようやく、現実感が増してきた。心なしか義手も重くなった気がする。
これが僕でなければ──あるいは吾妻であったなら──魔術の世界の未知なる冒険に胸を躍らせていただろう。
だが僕は、この状況を受け入れられるほど物事を簡単に考えられなかった。
「瑛太様。気を落とさないでください。貴方は一人ではありませんよ」
「元はと言えば、君が地図の一つもわからないから困ってるんじゃないか…」
「……? 私は義手でございますわ。人を助けることはあっても寄り添うことはできませんの。そうではなく、本当に一人ではないのですわ」
彼女がそう言うと、背中の方から気配を感じた。他に人が居るのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
振り返ると、巨大なコアラのような生き物が、のそのそと巣穴から出てきていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ようやく瑛太たちの冒険が始まりました。
この作品では、私が創作した生物がたくさん出てきます。
次回からの後書きでは、この作品に出てくる生物を紹介していきたいと思います。
よければお付き合いください。