怪物
──人間という生物は、どうしてこうも醜いのだろう。僕は土手っ腹に拳を受けながら思った。
「吾妻君!何やってるの!?」
「だってよ先生、瑛太が戦争なんか馬鹿のやることだって言ったんだぜ」
「それは……大丈夫、紫香楽君、立てる?」
「…はい、まあ、大丈夫ですけど」
僕は先生の手を借りて立ち上がる。大丈夫とは言っているが、正直目がチカチカする。全く自分の非力さが情けない。
「とにかく、今は世界のどこも大変な時期なの。戦争を悪く言えるような状況じゃないのよ。日本はそれでも戦争しないように、って頑張ってるの。普通じゃなくて凄いことなのよ」
えーと、なんだ、その言い回し。僕が悪いみたいな言い方じゃないか?
「とにかく二人とも謝って、仲直りしましょう?」
「それが普通じゃなくなるまで、人間が資源を使ったのが悪いんでしょ…どうして僕が謝る必要があるんですか…?」
僕は思ってることをそのまま言ってやった。言ってやらないと、気分の悪さと腹の痛みで吐いてしまいそうだったから。
するとどうだ、吾妻はまたブチ切れて、今度は僕の顔面に鉄拳を喰らわせた。それで僕は気絶したらしく、次に目が覚めると保健室に居た。
結局、頭痛が引かず、僕は早退することになった。親を呼ぶかと聞かれたが、僕は無理をして自分で帰ると言い張った。
通学路には、何台ものパトリオットミサイルが配備され、隣の国からの攻撃に備えている。
「普通じゃなくて凄いこと、ねぇ…」
担任の言葉を思い出す。悪い意味で、この光景は普通じゃないだろう。
中学三年生の頭には理解し難い用語で、ニュースが報道していた。そこから辛うじて読み取れた話によれば、地球の化石燃料が枯渇して、国と国の関係が悪化したとかなんとか。
そうして最初はアフリカ、そこからアジアへと次々に戦争の火種が移っていった…らしい。よくは知らないが。
日本は確かに、戦争に参加しないと表明してはいるが、表面下では吾妻のように、電化製品すらも使えない暮らしに嫌気が差している人間は少なくない。
日本が戦争に巻き込まれるのも時間の問題だ、と、どこの馬の骨かもわからない専門家が言っていた。だけど、僕は、それが「今」だなんて思いもしなかったんだ。
轟音と共に、突如として撃ち出されるパトリオットミサイル。誰もが思わず顔を上げた。
そこにあったのは、ミサイルを切り裂いて迫り来る「何か」だった。それの着地とともに、一台の発射機が破壊され爆発する。
その姿は、人間とは違う意味で、醜い姿だった。だけど、それは確かに「生き物」だった。
悲鳴を伴って人々が逃げ惑う。僕はというと、足が動かなくなっていた。
その代わりに、頭痛はとうに消え、目の前のそれが丁寧に僕の左腕を切り落とすのをはっきりと目に捉えた。
顔を殴られたくらいで気絶するくせに、なんたってこんな光景はまざまざと見せられなきゃいけないのか。
そうして最後に見た光景は、その怪物の、悲しそうな顔だった。
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