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辺境幻想雑貨店 羅針度(らしぃど)  作者: 渡来亜輝彦
不可思議な水たまりのお話
2/6

【B】水たまりフェア


 外で雨が降っている。

 梅雨の長雨は、この小さな雑貨店にも影響をもたらしていた。

「っかー、客が来ねえッ!」

 帳簿をつけていた社長は、いらだたしげにそういってボールペンを投げ出す。

「なんなんだ、この雨。売上にもろ直撃しやがる」

「どうしたのー、ラシード」

「ここでは社長といえっつってんだろ」

 顔なじみの、というか、たった一人しかいない従業員のハンスが、店の奥からひょこりと顔を覗かせる。

「んじゃ、社長。何ぼやいてんの?」

 社長といいかえられたところで、特に何の敬意もなさげだが、とりあえず満足したらしく社長はため息をついた。

「お前さあ、ここんところの状況見て何も思わねえワケ?」

「え? 何が?」

 笑顔できょとんと首をかしげる。

「梅雨だし仕方ないんじゃない」

「仕方なくねーよ。くそー、こういう湿気多くて視界が悪くなると、”ご新規さん”が迷い込みやすくなるはずなんだけどなあ」

「だって、うち見かけ怪しいし。俺は普通だと思うけど元軍人感あるし体もでっかいし、社長は見た目胡散臭いからー、多分、皆警戒しちゃって、顔覗かせたらこないもん」

「なんだその言い草は。俺のどこが胡散臭いんだ!」

 そういう彼はいつもスーツが妙に奇抜だ。今日だって怪しげな模様入りのスーツに身を包んでいる。それにターバンやらフェズやらをかぶっていることが多いが、いろんなものがいろんな方向に影響して大分怪しい。

「うーん、鏡みればーとかいうと怒るんだろうなあ」

「だったら言うな!」

 不意にハンスの上着の胸ポケットがもぞもぞ動いて、ひょこんと黒い小さなトカゲが顔を出す。

『お前達、うるさいぞ。起きてしまったではないか』

「あ、ギレス様おはよう」

 小さなトカゲ、みたいに見えるが、これでも彼は立派な竜なのだ。自らいうところ、とてもとても古くて偉い竜なのだというのだが、今の姿は時々ハンスの腕輪に擬態している小さな竜である。

『梅雨時は温度が下がりやすいからな。冬眠に逆戻りしそうで困る』

「そんなに寒くないよ。むしろときどき蒸し暑いよ?」

「変温動物だから、温度に敏感なんだろ。あー、ずっと冬眠してていいぞ」

『相変わらず無礼な奴だ』

 黒い竜のギレス様は、そういうと不機嫌に鼻を鳴らすが、

『第一、人が来ないのはお前らの営業努力が足りないからだぞ。こういう時にしかできない何かでもしたらどうなのだ』

「それじゃ、雨具のフェアとかか? 俺チョイスのセンスのいい雨具でも並べるかな」

「社長の雨具チョイスは、多分一般受けしないと思うよー。スーツの柄といっしょじゃん」

 何気にキツイことをいいながら、あ、とハンスが声を上げる。

「そうだ。雨が小やみになった時に、店の前に水たまりが量産されてるから、水たまり水槽作ってフェアでもしたらどうかなあ?」

 社長がぱちんと指を鳴らす。

「あー、その手があったか」

「ちょっと素人には取り扱い難しいんだけどねえ。見映えするし、ご新規さん呼ぶのにちょうどいいから。んー、できたら古い海とツナゲテるヤツのがいいかなあ」

「いいんじゃね。その方が珍しいしさ」

 ハンスはふと店の片隅の引き出しを開けると、その中を覗き込む。引出しの中に水がたまり、そこに水たまりができているが、不思議とそこには深さがあってその中で何かが泳いでいるのが見える。

 よいしょっと、などと言いながら引き出しから”それ”をつかむが、見かけはわずかに一センチもあるかどうかわからない、薄い水の塊だった。

「相変わらず、見ててもよくわかんない商品だよな。ソレ。で、うっすらもよもよしてんの、何なんだ、それ」

「あー、これはねー、手入れ怠ってたので、時代が進んでアンモナイトがわいた。というか、ほぼアンモナイトしかわいてない」

「わかすな」

「でも、アンモナイトも人気あるんだよー。そんなタニシみたいに言わなくても」

「んでも単価上がらねえしな。いっそのこと、樹液に詰めて琥珀作って売りたいぜ」

「何言ってるの。そんなの時間かかりすぎちゃうじゃん」

 ハンスは呆れたように言いつつ、ふむ、とうなった。

「んじゃ、これでカンブリアあたりから色々用意してみようか。アノマロカリスの小さいヤツとかかわいくないかな? エビっぽくていいよね」

「おう、それじゃそれでいこうぜ。なにせ水たまりは大量にあるからな。材料には事欠かねえし」

 といいかけて、ふと社長が尋ねる。

「そういや気になってたんだが」

「何?」

「それって床に置いたりするだろ。たまにハマる奴がいると思うんだけどさ、中は深くて広いんだし、足踏み外したらやばいんじゃねえか」

「あー、それかあ。そりゃあ、入ろうと思って飛び込むと、どぶんと入っちゃえはする」

「それヤバイんじゃね? 中でメガロドンとか繁殖してたら一大事だぜ」

「まあでも、入ろうと思わなきゃ入れないし、大体の素人さんは入れないと思うよ。ある程度の適性のある人じゃないとね。なので、わざとダイビングしようとしなきゃ大丈夫じゃない? あと落下防止ネットかけるから」

 そんな会話をききつつ、竜のギレス様はポケットの中で欠伸をする。

 ふと向こうでお湯の沸くぐつぐつした音がした。

「んじゃ仕事の前に、とりあえずお茶でもしよーっと」

 ハンスはのんきにそういうと、水たまりをもとの引き出しの中に戻すと、隣の引き出しからクッキー缶を取り出していそいそと準備を始めるのだった。


◆雑貨店のひとたち

ラシード

ハザマ(と彼らが言っているどこだかわからない、多分時空のよどんだところ)にある雑貨店”羅針度”の店主。胡散臭いが商売上手。元々は山にこもってとある事情でパルチザンをしていたので射撃が得意。なお、ラシードはこっちの世界の名前で、本名にはレックハルドとか入る。


ハンス

本名はハンス=ルートヴィッヒ=フォン=ファルケンハイン。どっかの元軍人……(らしい)。ラシードとはお友達にしてビジネスパートナー。店にある奇妙なものを採取して来るのは彼の仕事。意外とイケメンだが、ライオンとかクマに似ている。


ギレス様

竜。最近はハンスの腕輪に擬態して寝ている。扱いが悪いけど、伝説の竜。


◆本日の目玉商品

水たまり水槽

ハンスが採ってきた水たまり。水の中は時空の歪みがあるのか、広かったり深かったりする。採取した時代に応じた生き物がいるが、放置すると時代が進んで最終的に普通の水たまりに戻る。水たまり水槽を作るにはそもそも水たまりが必要で、梅雨時期に作るのが楽らしく、水たまりフェアが組まれる。なお、ハンスが所有している水たまりで飼っている生き物は、ハザマの環境に適応しており、結果的に品種改良(?)されており、飼いやすくなっている。

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