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第六話 雨の日のお茶会

 公爵令嬢という立場上、幼い頃から色々とやらなくてはならない事が多いのは仕方のないことだった。

マナー、ダンスから始まる令嬢に必要な教養、それを生かすためのお茶会やダンスパーティーなど社交的実習と称した貴族間での交流の場へ出席。

特に引退された元侯爵など祖父母の友人達とのお茶会へは、人生の先輩である彼らから直接学ぶことができる貴重な時間であり、むしろ自ら望んで出席するほどに積極的に参加していた。

もちろん数少ない友人達との個人的なお茶会は好きだからこそ―息抜きの場として―毎回とはいかないが都合の合う限り参加している。

しかし、他家で頻繁に催されるお茶会への参加だけはどうしても毎回憂鬱だった。



 そんな元々憂鬱だったお茶会への参加が、あの試験の日以来更に憂鬱になってしまっているのは必然と言えるだろう。

人の噂も七十五日とはよくいったものだが、あの魔法試験から数ヶ月が経った今も、シルフィアへの風当たりは良くなるどころか更に悪化の一途をたどっていた。

聞こえるように囁かれる悪口に見下したような視線は既に日常の一部になりつつある。

シルフィアの予想通りというべきか、貴族内での噂の広がる速度は恐ろしく速い事を身をもって体感していた。

最近精神的な疲労が抜けきらずに翌日を迎えることが多く、帰路についた馬車の中で息をつくことも増えている。

(正直つらい、なんて外ではおくびにも出してはあげないけれど)

そんな弱みを見せたら最後、相手は更につけあがってしまうのだから。





 その日はこの季節には珍しく雨が降っていた。

訪れる屋敷までの道をいい日になるかもしれないと、淡い期待を抱けるほどには雨音に癒されて。



――しかし、そんな淡い期待を持つことすら、不出来な私には許されないのだろうか。

 普段ならばいるはずもないシルフィアより少し年上であろう異性の姿に、嫌な予感はしていた。

悪口や陰口も蔑まれ嘲笑う様な視線にも既に諦めを付けていたからこそ、元々表情を作ることに長けていたシルフィアにとって、何とも思っていない顔で微笑むことは簡単だ。

しかし、部屋に入った瞬間に頭上からいきなり魔法で泥水をかけられるなど、誰が予想出来きようか。

既にリタやダリアとの関係は貴族間では周知のことで、二人のいない今日は彼らにとって絶好の機会だったのだろう。

思わず一瞬動きを止め、しかしいつもと変わらぬ笑みを浮かべたシルフィアに、次いで降り掛かったのは肉体的な暴力だった。



 いつの間に移動したのか目の前にいた少年に、本能的に一歩引こうとして間に合わずお腹に重い一撃。

深く入ったそれに一瞬息ができず、声にならない声が漏れる。

思わず膝から崩れ落ちたシルフィアに気をよくした少年は、にやりと口元に歪んだ笑みを浮かべると視線を外野にいた少年数人に向けた。

視線が交わると待っていましたといわんばかりに便乗した数人の内の一人が、駆けてきた勢いを殺すことなくシルフィアの肩口を押すように蹴り飛ばす。

未だ痛みの抜けない身体が次なる衝撃に備えられるわけもなく、少し飛ぶように地面に打ち付けられた。

すかさずもう一人が腹を蹴り上げ、痛みと苦しさを吐き出すようにカハッと小さな音が漏れ、次いで勢いよくむせ込んだ。

立ち上がろうと腕に力を込めるが、それよりも早く囲まれた男達から容赦なく蹴りを入れられ、それどころではない。

何も出来ず自分を守るように小さくなるシルフィアに、笑い声を上げながら男達は無情な言葉を重ねた。

『悔しかったら魔法の一つでも使って、防御してみろよっ!』と。


 周りも便乗するように笑い声を上げて笑い、攻撃する数人に当てられた傍観者だった者達も次第に魔法で援護し、直接攻撃するようになっていった。

身体を守るように抱え込んでいた腕を、口元から溢れそうになった助けての声を押さえるために動かす。

家族にこれ以上の迷惑をかけたくない一心が、それを素直に口にすることを憚った。

何より、泣き言など言わないと、弱みを見せてたまるものかと、覚悟を決めたのだから。



 ―――魔法の使えないシルフィアが唯一出来たこと。

それは、自身の中に生まれた何もかもの感情を押し込めて、この攻撃が、お茶会が終わることをただ切実に願い祈ることだけだった。

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