第一話 シルフィア・ベクトリア
――所謂、転生というものをしたのだと思う。
しかも前世の【上原冬歌】としての記憶を持ったままで。
前世の私・上原冬歌は、再婚同士ではあるものの両親とまだ幼い弟二人と幸せな家庭で育っている。
しかし冬歌が成人を間近に控えた頃、両親が偶然にも通った道で通り魔に刺され他界し、それからは弟二人の母親代わりとして奮闘する日々を送ることとなった。
もちろん、それが不幸とは思ったこともなければ、むしろ幸せであったことは間違いない。
働きながらの家事は想像よりもずっと大変であったが、叔父夫婦の協力もあって慣れるまでそう時間はかからなかったし、元々これという趣味がなかった冬歌は家事自体が趣味になるほどにハマっていった。
おかげで、家事スキルが主婦にも負けないほど高くなったのは嬉しい誤算であったが……。
そんな日々を送っていくのに慣れた頃、久しぶりに小学生時代からの親友と休暇の予定がピッタリとあって、急なことながら集まることになった。
学生時代から変わらずオタクを続けるアキと、高校初期からの彼氏と結婚し既婚者となったユウ。
そんな二人に遂に趣味が出来たと伝えれば、
『うん、確実に特技になってることは分かったわ。……でも、趣味っていえるの、これ』
『確かにねぇ……』
美味しいと持参した手作りの菓子をほおばりながらも、微妙に否定をされ思わずすんと表情が落ちた冬歌を見て、アキが不気味な笑い声を上げる。
それをユウがどん引きの顔で見つめ、追い打ちをかけるようにそれを冬歌は感情のない瞳で映した。
『こんなこともあろうかと、今日は私のオススメの乙女ゲーム持ってきたのよ! 今イチ推しっ!!』
そのまま強引に押しつけられ訳の分かっていない冬歌を置き去りのまま、始まったマシンガントークは呼吸をしているのかと疑いたくなるような早口と、専門用語の応酬。
かろうじて聞き取れるだけの文字の羅列に遠い目になりかけた瞬間、ユウが恐ろしく近い距離で冬歌へと詰め寄っていたアキの首根っこを、思いっきり掴み上げた。
こうなったアキが熱を冷まし通常運転に戻る事がないことはわかりきっているユウは、苦しそうな声で離して欲しいと切実に訴えるアキの主張をさらりと無視したまま距離を取るように引きずる。
『……これは、責任もって帰してくるから安心して。今日はもう解散って事で、またね』
苦しげなアキを二人でスルーし笑って次の約束を交わすと、その日はそのままお開きとなった。
しかし、その後も休日を家事に費やす日々が続き、アキから勧められた乙女ゲームや後にメールでオススメされた夢小説にも結局手を付けないままで。
当たり前に交わした次の約束を叶えることなく、私は交通事故に巻き込まれ呆気なく命を落としてしまったのだ。
(……友人からの気遣いを無駄にするものではないわ)
久しぶりに鏡に映った自身の顔を見て、そう後悔せざるを得なかった。
白銀の肩下まで伸びた髪に、つり目気味な丸みを帯びたぱっちりとした薄紫色の瞳。
自分で言うのもあれだが―絶世の美女とまではいかないものの―齢八にして完成され整った顔立ち。
それは、アキから勧められた最もオススメの乙女ゲームの表紙にあった顔と、丸っきり同じ顔であったのだから。
(確か、悪役令嬢。……当て馬で超ザマァだったって嬉々としていわれていた子だわ)
名前などは詳しく教わらなかったから、シルフィア・ベクトリアと名前を聞いても分からなかった。
だが、これは間違いようがない。
中途半端に理解してしまったシルフィアは、普通に過ごすよりも恐ろしい未来に思わず身体を抱え込む。
(……まって。乙女ゲームって恋愛、よね。私、前世で彼氏はおろか、好きな人が出来たことすらないわ)
気付いてしまった事実に思わず絶望し、顔が青く染まるのが分かった。
シルフィア・ベクトリア、8歳。前途多難である……。
―――なんて、何て可愛い悩みだったのだろう。
私は恋愛云々よりも以前の問題だったのだと、その数週間後に突きつけられることとなる。
おまけに、冬歌時代のプロフィールを。
22歳で他界。
自覚のない重度のブラコン(弟達もシスコン)。←いつかお話にしたいです
友人は多からず少なからず。
親友は話に出てくる二人のみ。