プロローグ それは終わりを告げる音
初めて投稿させて頂きます。
R-15や残酷な描写を付けましたが、実際にはどうなるか分かりません。
爵位や貴族の仕組み、書き方など、浅い浅ーい知識でやっておりますので、間違い等ございましたら(なるべく優しいお言葉で)教えて頂ければ幸いです。
公爵家が治める敷地内にある、大樹の木陰に用意された二人分の昼食は、未だ手を付けられることなく置かれたまま。
手入れをこれでもかと言うほど施された白銀の髪が風に揺れ、太陽の光を受けて煌めく様を静かに眺める。
約束の時間を過ぎてもなお現れない婚約者は、今も彼女と共にいるだろうか。
(……もう、駄目なのですね)
予感は、初めて彼女を見た時からあったのだ。酷く、嫌な予感が。
――それは前世の記憶を持つが故に。
何より彼の感情を、表情を理解できるようになってしまったが故に。
所謂ワーカーホリックな彼は、仕事ばかりで他人に―異性との恋愛事どころか同性にさえ―興味を示さなかった。
それはもちろん、婚約者となったシルフィアも例外ではない。
始めの頃は約束をしても、一年以上会えないなんてこともざらで。
しかし、仕事第一には変わらなかったものの、歳を共にいる年月を重ねるごとに少しずつシルフィアを優先してくれるようになった。
最近になってやっと、婚約者らしい関係を築けてきていたというのに。
シルフィアが長い年月をかけて築いたそれを、彼女はあっという間にやってのけたのだ。
彼の難関な心を一瞬にして開いて、奪っていった。
彼が彼女のためにと休憩時間を設けるようになったり、彼女相手に優しい笑みを浮かべたり。
誰の目に見えても変わった頃には、共に並ぶ姿が頻繁に目に入るようになっていた。
火のない所に煙は立たない、なんて。
最近、噂では城下でデートをしている姿を何度も目撃されている。
悔しさも寂しさも、言い表せない感情が胸中を渦巻いているのは事実だった。
もちろん、だからといって婚約者という立場を、公爵家の権力を使ってどうこうなんて馬鹿な真似はしない。
しかし、今日の誘いはシルフィアにとっては一種の賭けだった。
私からの誘いはどうなのか、と、まだ婚約者でいていいのか、そう確認したくて。
――結果は約束の場所に行くまでもなく明らかだった。
ここに来る途中で見てしまったから。まるで恋人同士の様な雰囲気で、二人が楽しそうに並んで歩く姿を。
私との約束なんて覚えてもいないのでしょうと、瞳を伏せ彼へ心で恨めしげに呟く。
「……ふっ」
考えないようにしていた現実を自身で認めてしまえば、最後のトドメにと心臓へ刃物を突き刺された気分だ。
ズキズキと悲鳴を上げている心をどうにかしたくて、ドレスの上から胸元をギュッと握りしめるが、どうにもならなかった感情が涙となって頬を伝い、ドレスに小さなシミを幾つもつくっていくのを止められそうにはなかった。
落ち着きを取り戻したシルフィアは、小さく息を吐き出して大樹の幹へと身体を預けるようにもたれかかる。
すぐにでも婚約破棄を言い渡されるだろうかとも思ったが、お飾りの正妃になることを願われるほうがきっと確率が高いだろうと思い直した。
正妃には身分と魔力の高い者をという古くから続く王家の習わしを、彼が破るとは思えない。
彼から将来の別れを告げられた時、せめて彼の瞳に映る私が美しく笑っていられるように、と。
結局何一つ変わっていない自身に嫌気をさしながら、再度こみ上げてきた思いを止める術もなく、今この瞬間だけはと誰にするのでもなく言い訳をして、こぼれる涙をそのままに私は静かに目を閉じた。
――空の青さが、太陽の眩しさが、今の私にはどうしようもなく辛いから。
シルフィアの嫌な想像を肯定するように、二人の別れを祝福するかのような教会の美しい鐘の音が辺りに響き渡ったのだった。
ご指摘を頂きまして、ありがとうございました。