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雪化粧

作者: 紫尾

 丑三つの刻にあたいはこっそり家を抜け出してきたの。お母さまもお父様も明日は大切な日だからとさっさと床について寝てしまったわ、あたいは浮かれた馬鹿な家人をしり目にこの馬鹿みたいに着飾った大きいだけの空っぽ、かぼちゃみたいな家を飛び出してやったの。

 外はこの世の人間が全て死んでしまったかのように静かだったわ、あたいはがっかりしたの。昼頃から降り出した虫の様に舞う粉雪がいっそ団子の様な大雪になって積もってしまえば良いと思っていたのに、粉雪は粉のまま、木の枝と葉のうえにちょんと薄く化粧を施しただけ、ひんやりと冷気を吸収した路面はぐっしょりと濡れ、暗い部屋の鏡台の様にあたいの顔をうつしだしていた。

 家人は積もらなかったことを知って大いに喜ぶだろう、明日はあの人たちにとってとても大切な日なのだから。あたいは黒い鏡面にうつる空虚なあたいの顔をみて大声で笑ってやりたくなったの、あたいの家はかぼちゃなの、でもね、今のあたいもかぼちゃなの、あたいをこんこんと叩いてごらんなさい、軽い、太鼓の様なぽんとした音がでるのよ。家の裏から大きな大きなダイダラボッチが現れて、この大きなかぼちゃもちっぽけなあたいという名のかぼちゃも叩きつぶしてくれないかしら。あたいはね耐えきれない程胸が痛いとき、こんな空想をして楽しむの。


 しんと静まりかえった家々をみてあたいはお葬式にそっくりだわと思ってくすくす笑ってやったの、嗚呼、明日の行事がお葬式ならよかったのに、そしたらあたいは棺の死体の様にじっと静かにしているだけで良いのだもの、愛想笑いを振りまいて幸せごっこをするよりもきっと楽しいはずだわ、あたいが大人しくするのを良いことにあのお馬鹿さんたちは酒をあおってお猿みたいに笑うのよ、嗚呼、雪が積もてくれたらあのお馬鹿さん達の足をぐっしょり濡らして凍傷でも患わせてあげたのに…。

 あたいは公園のベンチに座りこんだの、ベンチはやっぱり濡れていてお尻が濡れてしまったわ、でもそれがとても楽しいの、お尻からひんやりと冷気が上にあがって行ってあたいの心を慰めてくれているようなの、あたい、泣きそうになっちゃった。

 薄化粧をしたお砂場にね腕が一本生えていたのよ、あたいはそっと近づいて、それを引っ張りだしたの、ぐっしょりと濡れた布地の手の冷たさが心地よかったわ、黒いドレスに黒いお帽子で可愛らしく着飾った文化人形がそっと顔をだしたの、あたい嬉しくて砂のついたそのお顔に口づけをしたわ、やっぱりそうなのねと。

 あたいはその黒い小さな客人をベンチに誘ってお話ししたの。


 「あのね、やっぱり雪は積もらなかったの、とても悔しいのよ、見て頂戴、雪で着飾ったあの木々を…、あたいを笑ってる…、明日はめでたいとあたいを笑っているのよ、家のお馬鹿さん達みたい」


 (あたいは空っぽなのよ…、空っぽの人形、でも貴女も空っぽだわ、あたい達はかぼちゃみたいだわ…)


 あたいは馬鹿みたいにひとりで口をぱくぱくしたの、あたいは生身の話し相手なんて大嫌いだもの、空っぽなかぼちゃさんがお似合いなのよ。


 「あたいね、白無垢なんて着たくないのよ、お馬鹿さん達の暮らしの為の礎になるなんて御免なの、でもね、逃げ場なんてないのよ、明日は必ず来るの、大切な行事がね…、だからあたい、白を纏うわ、でも白無垢なんて絶対に着てやらないの、あたいが纏うのは死に装束の白よ…、そして、かぼちゃさんは参列者、あたいを見送ってちょうだいな」


 あたいはコートをそっと脱いでお砂場に捨ててやったわ、白い長襦袢だけになってしまって凍えそうだわ…。あたいはベンチに仰向けになって童話の白雪姫みたいに指を組むのよ、そして、砂で汚れた文化人形が寄り添ってあたいを慰めてくれるの、あたいはだんだん中が冷え切っていって唇に紫の口紅を指すの…、これがあたいの死に化粧。


 あたいがねこんな紙切れを残したのはあたいが可哀そうだと勘違いして涙を流すくだらない傍観者達を作らないためなのよ、あたいはこの瞬間が幸せなの、十六の最も美しいときに穢れを知らず、誰の道具にもならずに死んで逝くことは幸福なのよ、老衰で死に逝く幸せもあるかもしれない、でも、道具として嫁に出された先への幸せなんてあるはずがないわ、あたいは鍬でも鎌でもない、すくすく大地に実るかぼちゃ、たとえ頭が空っぽでも落ちる時を選べる自由なかぼちゃ。

 学もない、器量もない空っぽのあたい、でもね、役立たずのかぼちゃとして死んで逝けることは幸せなのよ。

 


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