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ワンシーン、ワンカット。  作者: 天野平英
その剣をもって示せ
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その剣をもって示せ 4


 国立学院。

 十二才になる貴族に縁する者は須くここに所属せねばならぬ。

 それが、我が国において絶対遵守の決まり事である。

 逆に言えば十二才でこの学院に入学しないと言うことは絶縁されたと公言するに等しい。

 もしくは、貴族として生かすつもりはないと公言すると同義だ。

 なぜならこの学院は貴族交流の全てを学び、今後の長い人生をどう生きるか決定づけるためにあるゆえに。

 もちろん、例外は無く、王太子だろうが、王妃教育中の妃候補だろうが、須く通わなければならない。

 だから、ソレが起きるのは必然であった。


 ――


「殿下、こんな噂をご存じですか?」


 そう耳打ちしてきたのは、王太子の侍従職を射止めた少年であった。

 この侍従の少年も勿論貴族である。といっても、伯爵家の三男坊でしかない。

 現職を射止めていなかったら成人と共に家から放り出されていたことだろう。


「いったいなんだ?」


 王太子はまた、いつものか、と思いながらも聞く姿勢をとった。

 というのも、この少年、大の噂好きであり、何か耳にする度、王太子に報告してくるのだ。

 それのだいたいは取るに足らないもので、王太子としてはもう少し精度の高いものを取捨選択してから話してくれと常々思っていた。だが、そんな彼だからこそ、今回の噂は王太子の耳に入ったとも言える。


「王太子殿下は妃候補を疎んでいる」


 王太子は思わず渋い顔をした。


「それはどれくらいの頻度でささやかれている噂だ?」

「けっこうだいぶ、ですね」

「それは、まずいな」

「えぇ、デルドラ侯爵家以外の2侯爵家がこれを大義名分にして難癖つけてくる可能性が大いにあります」

「それは、別にいい」

「え? いいんですか」

「問題はその噂を真に受けた者がイーヴァティア嬢を害しないか、だ」


 侍従は困惑した。


「さすがに侯爵家の令嬢を害するのはないかと。そんな侯爵家に喧嘩売るようなこと、まっとうな貴族ならしません」

「いや、お前がさっき言ったじゃないか。“大義名分”ならある」


 絶句する侍従。


「王太子殿下の御心を安んじるために私が代わりに排しておきましたと、これをするのが貴族という者達だろう?」


 氷のように冷たい王太子の声音に、侍従は二の句が継げなかった。


 ――


 王太子の元に噂の内容がもたらされてから三ヶ月が過ぎた頃。

 八つの伯爵家と二十二の士爵家が“吊された”。

 族滅である。

 一切の容赦なく、血脈を同じにする者は全て死に絶えた。

 貴族達は激しい動揺に見舞われた。

 これほどの死者が出たにもかかわらず、誰がやったのか、全くわからなかったからだ。

 死体の側には「国賊誅罰」と書かれた羊皮紙が落ちていたという。

 国王は秘密裏にこの事件を調べ、激怒した。


 ――


「なぜ、呼ばれたか解るか?」


 王の私的な一室にイーヴァティアは呼ばれていた。


「私では国王陛下の御心を解するなど・・・・・・」


 淡々とした口調は王の精神を逆撫でした。


「なぜ殺した!」

「国賊でしたので」


 即答であった。

 あまりのことに口を動かすも二の句が継げない国王。


「な、な・・・・・・」

「賊は誅せよ、と学びましたが、“なにか問題が?”」


 王は頭を抱えた。明らかにやりすぎなのだが、“何も問題はない”のだ。だからこそ頭を抱えるしかできない。


「過去の事例を参照し、最も適切な処置をした、と自認しておりますが?」


 そう、明文化された法が存在しない我が国において、過去の事例こそ最適解。

 国賊の処罰は過去に五度。その内、事が起きる前に鎮圧した例は一度のみ。その事例こそ、族滅であったのだからイーヴァティアの言は正しい。

 そもそも、この時代に明文化された法を持つ法治国家など近隣では北に一国のみ。

 他は王家や貴族の気分で決まり事がころころ変わる国家ばかり。

 まさに中世である。


「だが、何故誰がやったか解らないように行動した」


 そう、それは問題である。


「調べればわかる程度にしておきました。なにかご不満でも?」


 無感情に放たれる言葉に国王はもう溜息しかでなかった。


「・・・・・・今後はもっと穏便に、最小限の死者で、事を成せ」

「・・・・・・御心のままに」


 イーヴァティアが王を無能と思い始めたのは、この時かもしれない。


 ――


「イーヴァティアは人の心がわからない」


 王太子は国王から渡された今回の顛末報告書を握りつぶし、戦慄いた。


「殿下?」


 少年侍従が訝かしげな表情を見せているが、王太子にはそれに対応するだけの心の余裕がない。


「大義名分があるからと、族滅するなど狂気の沙汰だ・・・・・・」


 その呟きで察した侍従は息を飲んだ。


「ま、まさか!?」

「その、まさかだ」

「なぜ!?」

「言っただろう。大義名分が“転がり込んで”きたんだ」

「大義名分、ですか」

「わかりやすく言おうか。次期王妃を害しようとしたのだ、国賊以外の何者でもない」

「ですが!」

「それは何に対しての反駁だ? イーヴァティアが次期王妃なのは現国王陛下がお決めになったことだ。それに反対するなど不敬であるし、国家反逆である。とイーヴァティアは解釈して族滅を決行したのだろう。正直、やりすぎだ」

「やはり、そうですよね」

「あれを国母にするわけにはいかない。・・・・・・なぜだ。天真爛漫な五歳児がどう教育されればこんな無情で冷徹な十二歳児に成長するというのだ」


 その嘆きに応えられる者は一人としていなかった。


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