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冒険者2

村長に連れられ、到着した村の端には既に10人の男たちが集まり、なにかを話していた。

男たちはここが農村であるゆえか、その多くは浅黒く日に焼け、二の腕が太い。

見た目には強そうだ。

だが、それとは裏腹にその装備は貧弱だった。いや、装備と言ってすらいいのかわからない。

なぜなら、彼らの多くがその手に持つのは農作業用の鍬やスコップなのだから。


「村長!急いだほうがいいかもしれねぇ、予想以上にゴブリンが近付いてきてる」


男たちと話していた弓を背負った1人が、近づき、村長にそう話した。

背に弓、右腰に矢筒、左腰にはナイフを着けた身軽そうな男。その出で立ちを見るに彼がこの村の狩人であるジャナフだろうと叡嗣は予想をする。


「わかった。ジャナフ、お前の【鷹の目】で見た限りゴブリンの数はどれだけ居る?」

「詳しくはわからねぇが少なくとも30は居るだろう」

「なるほど。ギーク先生、ここはお任せしてもよろしいですかな?」

「ええ、勿論。村長は避難をしていてください」

「戦えず申し訳ない。皆も、健闘を」


そう言い、村長はこの場をあとにした。

戦えない、というのはおそらく言い換えれば戦闘系のスキルを持っていないということなのだろうと考える。

ギークから教えてもらったことを踏まえると、この世界は良くも悪くもスキルがついて回ってしまう。それはつまり、スキルが無くても戦えるには戦えるが、スキルがあったほうが有利であるということだ。

恐らく、この場に戦闘系のスキルを持っているのは叡嗣を含め数人だろう。戦闘系スキルを持っていないにも関わらず、村を守ろうと戦う意思を見せているものも存在するだろう。

しかし、そんな者が居ても村長がそこに並ばないのは理由があることは叡嗣でも理解ができる。

村長はこの村の長、つまりリーダーだ。リーダーが居なくなってはいけない。その程度は簡単にわかることだ。



「エイジくん。ポーションを配ってもらえますか、村の皆さんに治癒ポーションを2本ずつ、ガイさんに治癒ポーションを3本、カミラさんに治癒ポーションを2本、ローマンさんとルシエラさんに治癒ポーションを1本ずつと魔力ポーションを3本ずつ。それと、私に両方を1本ずつ。エイジくんも治癒ポーションを2本取っておいてください」

「わかりました」


叡嗣はギークの指示に従い、木箱の中の試験管立てのようなものからポーションを取り出す。

日の光を浴びて、輝く透明なポーションにキレイだという感想を浮かべてから、村人の元へ歩いていく。


「どうぞ」

「おう」

「どうぞ」

「助かる」

「どうぞ」

「ああ」


そんな短い言葉を交わしながらポーションを渡していく。

ピリピリとした緊張感。同時にピンと張り詰めたような空気が村人達に蔓延している。


「どうぞ」

「ああ、ありがと。お前も剣士なのか?」

「剣術スキルは持ってますが、まだ実戦はないですね。それを剣士と言って良いのか……」

「なるほど、気を付けろよ」

「はい」


冒険者のガイにポーションを渡しに行くと、叡嗣の腰に吊られた剣を見てこんなことを聞いてきた。

実戦のない叡嗣を心配し、こんなことを言ってくれる。この冒険者は随分と優しいようだと、叡嗣は思う。

同時に少し心配にもなる。叡嗣はたしかに剣術スキルを持ってはいるが、真剣を振ったことというのはない。剣を振ったのは学校の授業や、週一で通っていた祖父の知り合いの道場でくらいだ。


「ああ、そうだ」


叡嗣が背を向け、次のポーションを取りに行こうとすると、そう呼び止められた。


「実戦がないってことは、多分なにかを殺したことも無いんだろ?だったら、いいことを教えといてやる。殺さなければ、自分や周りの人間が死ぬ。そう思っていれば、躊躇うことはなくなる。俺はそうやって慣れてきた。…………人相手も同じだ」

「……わかりました」


ガイからの助言に叡嗣は短く答える。

考えないようにしていたが、ゴブリンとて命を持つ生物である。それを殺せるのか。

叡嗣のそんな迷いを悟ったのか、それとも自分の体験からか。

ともかく、この助言は叡嗣が心情的に一歩前へ進むためのものとなった。


「どうぞ」

「ありがと。ねぇ、アンタ本当に実戦は初めてなの?」


次にポーションを渡したカミラにはそう訊かれた。


「はい」

「そうなの。なのに随分落ち着いてるわね」

「たぶん、まだそんなに実感がわいてないだけですよ」


叡嗣は元々異世界人。

危ない目には色々あってきたが、この世界の人間と違いモンスターという存在については全くの未知だ。

それゆえに、あまり実感がわかない。モンスターという存在と、命のやり取りをするということがどんなことなのか。


「ふーん、まあ実戦が始まってもそのままのほうがいいよ。焦ったら死ぬし、恐れても死ぬ。平常心で居たほうがいいよ」


まあ、それが一番難しいんだけどね。カミラはそう言って笑った。


「どうぞ」

「感謝する、少年」


次にポーションを渡したのは法衣に身を包んだ壮年の男、ローマンだ。


「ふむ、少年。カミラはああ言っていたが、内心少し緊張しているな」

「わかりますか」

「うむ。たしかに落ち着いてはいるが、少し動きがぎこちないな。どれ」

「うわっ!」


パン


と乾いた音が響いた。

ローマンが叡嗣の背中を叩いた音だ。


「我が師に教えられた緊張を解す方法だ。多少痛いかもしれんが、緊張は解れただろう」

「まあ、たしかに」


背中が少しヒリヒリするが、それでもこれまでよりは少し気分的に晴れた気がする。どういう原理かはわからないが、たしかに緊張は解れたようだ。


「では、共に頑張ろう」


そう言ったローマンに礼をいい、叡嗣は次のポーションを渡しに向かった。



ガイは迷いを見抜き、それを断ち切る助言を。

カミラは平常心の大切さを。

ローマンは緊張をほぐしてくれた。


ありがたいと、叡嗣は思う。

初めての場所で初めての経験。それが命の奪い合い。

たったこれだけのことでも、これから生きなければならない世界での生き方のコツがわかった。

それを教えてくれた彼らには感謝しかなかった。



「どうぞ」


冒険者の最後の1人。

紺のローブに杖という出で立ちの少女にポーションを渡す。

見た目は、なんというか多くの者が想像する魔法使いといった感じだ。


「ん、ありがとう」


叡嗣に彼女──ルシエラは礼を言い、ポーションをジッと見詰める。今までとは違う、その様子に叡嗣は首を傾げた。

ガイとカミラは腰のポーチにポーションを入れていたし、ローマンは鞄の紐のホルダーにポーションを入れていた。

しかし、ルシエラはポーションを仕舞うのではなく、それを見詰めている。


「さすが、ギーク先生のポーションね。品質が最高」


そう言ったまではよかった。

問題はその後、なにか虚空に触れるとその手から治癒ポーションと魔力ポーション2本が消え、一本だけがその場に残ったのだ。


「あ……コホン、ど、どうかしたかしら?」

「あの、今なにを?」


ジッと見つめられているのに気付いたのだろう。

ルシエラが頬を赤らめながら叡嗣に聞く。


「魔法を見るのは初めて?」

「ええ、まあ」

「そうなの。えっと、今のは【収納】っていう魔法で、異空間に物を仕舞っておける魔法よ」

「【収納】」

「ええ」

「じゃあ、空中で手を動かしていたのは?」

「ああ、あれは収納のウィンドウを操作していたの。あれは収納されている中身やなにをどれだけ収納するか操作できるのよ」


まるでゲームのインベントリだ。そんな感想を持つ。

だが、今はそんなことよりも、気になることが1つ。


「その【収納】……いや、魔法ってどうやったら使えるんですか?」


叡嗣はそう訊いた。

その言葉にルシエラは不思議そうな顔をし、叡嗣の顔を見て、剣を見て、また顔を見て、また剣を見て、またまた顔を見る。


「貴方、剣士じゃないの?魔法を使うには【素養】か【適性】か、それか先天的な魔法スキルが必要よ?」

「剣術スキルがあるから剣士を名乗っては居ますけど、魔法スキルも【適性】もありますよ」

「あら、そうなの。恵まれてるわね、あなた」


ルシエラは少し羨ましそうな顔を見せる。


「けど貴方、ギーク先生と一緒に居たならギーク先生に教えてもらえばよかったじゃない」

「ギークさんに?」

「ええ。ギーク先生に。先生は元々王立魔術学園の教師だもの。知らなかったの?」


王立魔術学園とやらがなにかはわからなかったが、ルシエラの口調からしてすごい所なのだろうとは思う。しかし、知らなかったのだから、ギークに教えてもらうというのは無理なことだった。それになにより、昨日はそんな時間は無かった。


「はい。それに実は昨日ここに着いて、スキルがあるのを知ったばかりなんですよ」

「なるほど、時間が無かったわけね。なら簡単なことだけ教えてあげましょうか?」

「お願いします」


スキルがあるのを知ったばかりというところで、またルシエラが不思議そうな顔をしたが、特に追求してくることもなく、こう提案してきた。

教えてくれるというのなら、渡りに船だ。

叡嗣はルシエラに頭を下げた。





「まず、魔法を使うには魔力を感じないといけないの。そして、それを操ることで、魔力を魔法として作用させることができる。私の手を取って」


そう言われ、叡嗣はルシエラの白い手を取る。


「っ!」

「感じた?今のが魔力よ」


突然身体に流れ込んできた感覚に身をよじる。

ルシエラ曰く、それが魔力というものらしい。


「魔力は誰もが持っていて、身体を循環しているの。そして、魔力を操作して集め、詠唱を行うことで魔法を撃てる。魔法を撃つことはしないけど……見ていて」


ボウッと、ルシエラの周りに薄緑の燐光が漂う。


「魔力を操作することで、こんなこともできるの。けど、魔力を感じることはできても操作することは難しいわ。一朝一夕でできるものじゃないわ。まずはしっかりと魔力を感じることから始めるべきね。まだ時間はあるでしょうから、自分の身体の中の魔力を感じてみて」

「わかりました」


叡嗣は目を閉じた。

魔力を感じる……先程の感覚を思い出す。

身体の外から入ってきて、スッと溶けるように消えていった何かのその感覚を。


少し感覚が鋭敏になっている気がする。

なにか、身体の中に今までとは違うなにかを感じている。

おそらく、それが魔力だろう。

ルシエラは、魔力は体内を循環していると言っていた。

なら、そのイメージはなにに近いだろうか。血液、だろうか?


そういえば昨日ギークが魔力は世界に満ちていると言っていた。それは空気のような、酸素のようなものだろうか。

ならば……酸素を運ぶのは赤血球。なら、やはり魔力は血液とともに巡っている?


なにか、感じやすくなった気がする。

しかし、なにかが違う。少し遠いような、そんな気が。


叡嗣は不意に自分の左手首から脈を取るようにする。


目を開く。


「どうかした?」


ルシエラが訊いてきた。


「見つけた」


叡嗣は、そう呟き、右の掌を開く。

その手には、ルシエラとは違い、緋色の燐光が漂っていた。


「嘘っ!?」


ルシエラがあり得ないものを見たように叫び、目を見開く。

それは、叡嗣がこの短い期間で紛れもなく魔力操作を行ったということに対する驚愕そのものだった。


『《技能スキル》【魔力操作】を獲得』


「ルシエラさん。【収納】を初めて使うときはどうすればいいんですか?」

「えっ、あっ、うん、【収納】は特別な詠唱は要らないわ!『収納』と言えば窓が開くはず……それで成功よ」

「わかりました。……『収納』」


そう言った叡嗣の前に、窓が開かれた。








要するにイメージの問題だったのだと、叡嗣は思った。

脈を取るようにしたとき、血管にすぐそばで魔力を感じた。なんというか、血管にさらに空間があり、そこを移動するようなそんな感覚を覚えた。


それが魔力だと分かれば後は簡単だった。

その空間というかチューブのようなものが全身にはしっていると思えば、行かせたい場所に動くようにイメージするだけだった。



つまるところ、全部イメージ。

血管には魔力用の器官があり、そこで魔力を動かす。

ただ、それだけ。


ただし、それができる人間は少ないだろう。





「すごい……この短期間で」


ルシエラがそう言った時。


「ゴブリンが来たぞおお!!」


遂に、ゴブリンが村の近くに到着したのである。








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