幸運と不運
翌日。
幸運にもギークという村で教師をしている男性に泊めてもらった叡嗣は日が昇ったころに目を覚した。
この村だけがそうなのかはわからないが、窓から外を見れば村人達が忙しなく動いていた。
見た所、街灯などが無かったのを思い出し、中世などと同じように日が昇るのと同時に働き出し、日が暮れれば寝るという生活様式なのかと思いながら、目をこする。
できることならもう少し眠っていたいが、泊めてもらっている身だ。家の主より後に起きるというのもなんとなく気分が悪い。
そう思い、木に布を重ねただけの発展した世界から来た叡嗣からしたら粗末なベッドから降りようとした。
「エイジくん!起きてください!」
そんな時だ。
扉を突き破るように雑に開けながらギークが入ってきたのは。
なにか焦っているような、そんな様子のギークに叡嗣は首を傾げながらなにかあったのか問おうと口を開きかける。
「ゴブリンが襲ってきます!」
その言葉を理解するのに、叡嗣は少しの時間を要した。
「ゴブリン。小鬼と呼ばれることもあるモンスターです」
家の戸棚から色々なものを取り出し、机に置きながらギークは叡嗣に説明をしてくれた。
「見た目は子供ほどしかなく、醜悪で薄茶色ともくすんだ緑ともつかない肌をしています。しかし、小さくとも力は普通の大人ほどあり、危険ではあります」
ギークは裏が赤になっている黒いローブを羽織り、斜め掛けのカバンに色とりどりの液体の入った瓶を入れていく。
「エイジくん、そこにポーションが入っていますから持ってきてもらえますか」
指で戸棚の上段を指し、自らは腕ほどの長さの杖を確認する。
叡嗣は頷くと、液体の入った試験管のようなものが刺さったこれまた試験管立てのようなものを戸棚から取り出した。
「これであってますか?」
「はい。それがポーション、魔法薬です。見るのは勿論?」
「初めてです」
「詳しいことは……説明する時間はないでしょう。取り敢えず、緑の方が傷を癒やすもの、紫が魔力を回復させるものと覚えておけば大丈夫です。それと……」
ギークは壁に飾ってあった剣を手に取り、剣の腹をなぞり、少しなにかを考える素振りを見せてから鞘に納め叡嗣の前に差し出してきた。
「エイジくん。君は昨日剣術スキルを持っていましたね。申し訳ないですが、この村にはマトモに戦える人は多くありません。異世界人であり、ここに来たばかりではあるでしょうが、君にも…………戦ってもらいたいと思います」
叡嗣が異世界人であること。
それを、ギークは知っている。昨夜、色々と教えてもらう際叡嗣が自ら語ったのだ。その証拠として、自らの称号を見せながら。
それを聞き、ギークは色々なアドバイスをしてくれた。
それを他の人には言わない方がいいことも、他人にウィンドウを見せるのは極力控えたほうがいいことも。
ならギークはどうなのかと訊いた叡嗣に対し、ギークは”特別な技があるんですよ”と笑った。
「勿論です。それに……これは俺が寄せてきてしまったのかもしれないですし」
「君の固有スキル【幸運と不運】が関係あるとは限りませんよ。ここは辺境です。大なり小なりモンスターは出てきます」
「ですが……」
「そんなに気にするなら、頑張ってゴブリンを追い払ってください」
自分の不運さのせいかもしれないと言う叡嗣に、ニッコリと笑いながらギークは剣をさらに差し出す。
「この剣は、元々私の死んだ弟のものですが、そこそこ良い品だそうです。これから必要でしょうし、差し上げますから、役立ててくださいね?」
「そんな大切なものを……」
「剣はこれくらいしかありませんし、剣も飾られているより使われる方が本望でしょう。それに、エイジくんは冒険者になるそうですから、冒険者だった弟の分まで頑張ってもらおうかと。
なので、エイジくん。是非受け取ってください」
少し渋る叡嗣に、ギークはそう言う。
弟の形見。そんな大切なものを差し出され、こうまで言われれば叡嗣は覚悟を決めるしかなかった。
ここは異世界。自分の知る場とは違うのだと。
知り合ったばかりの人間が、ここまで言ってくれているのだと。
「わかりました。……いただきます」
そう言って受け取った剣は、物理的な重さとは別に、すごく重かった。