これは運が良かった
「結構遠かったな」
道に辿り着いた叡嗣は先程の大岩を見る。
すぐに着くと思ったら予想以上に時間がかかった。
「……ん?」
大岩を見ながら、叡嗣は妙な感覚を覚える。なんというか、大岩がよく見えすぎるような、そんな感じがしたのだ。
かなり離れているにも関わらず、大岩の凹凸が見て取れるのだ。
それを不思議に思いながら見ていると、不意にグンッと大岩に視点が近付いた。
「うわっ!」
突然、大きくなった大岩に叡嗣は思わず驚きの声を漏らす。
叡嗣が一瞬で大岩に近付いたわけではない。カメラがズームしたように、叡嗣の視界がズームアップされたのだ。
叡嗣がそれを理解するには数十秒の時間を要した。
それはそうだ。今まで経験したことのない現象を体験したのだから。
「目がよくなった……ってわけじゃないよな。目にスコープが付いたようなそんな感じか……どんな原理なんだ?」
叡嗣はこう言っているが、実際は叡嗣の目は良くなっている。
というより、五感が鋭くなっていると言ったほうがいいかもしれない。
ひとまず、考えるのを止め、叡嗣は道を見る。
黄土色の道。整備されているというより、人の往来が繰り返されたことによって踏み固められたようなそんな道だ。
凸凹しているのは仕方のないことだろう。
「これは……馬の足跡?これは……轍かな?それと、人の足跡」
叡嗣の言う通り、道には馬の蹄の跡があり、轍のようなものが見て取れた。さらには人の足跡も見られる。
「馬と荷車?いや……馬車かな」
蹄の跡と轍から、叡嗣はそう予想した。
でもなんでこの時代に馬車?と思いながら、道に立ち、左右を見渡す。右側には馬車が進んだ跡が見え、左側には馬車が来た跡が見える。
進むならどちらだろうか。
叡嗣は迷う。
このなにもわからない土地で、なにかを知るためには人に聞くしかないだろう。
しかし、人に会えるかどうかはわからない。
どちらに進むにしても、その先になにがあるのかはわからない。
叡嗣は大いに迷う。
叡嗣は不運な目に多くあってきたが、幸運なことも多々あった。
その幸運を引けるか、それともいつものように不運を引くか。
2つに1つ。
迷った末に、叡嗣は…………
◇◆◇◆◇
結局、叡嗣が選んだのは右だった。
馬車が向かったと思われる方向に行くことに賭けたのだ。
叡嗣は歩きながら周囲を見渡す。
一時間程歩いているが、ずっと代わり映えのしない草原が続いている。勿論、なにも無いというわけではない。ポツンポツンと背の高い木が生えている。
ただ、それだけだ。
空を見れば、偶に妙に大きい鳥が飛んでいるがよくわからない土地だからか、叡嗣は気にすることをやめている。
ここまで来て、叡嗣は本格的に死後の世界か、刺されたことによって生死の境を彷徨いながら見ている夢かと今の現状を二択まで絞っていた。
同時になんならやっていたゲームの中とかでも面白いかもしれないなんて思ったりもしたが、少なくともやっていたゲームならこの場所にも見覚えはあるだろうとその可能性は無いと切り捨てた。と、いうよりそんなのはそれこそゲームやアニメ、ラノベなんかの世界でしかありえないと自分を自分で笑いながら考えることをやめた。
さらに一時間が経った頃。腹が空いてきた叡嗣はなんでこんなことになっているのか考えていた。
思い出してみれば、冬休みだからこれ幸いと早朝からゲームをしていた時にバイト先から急にバイトに出てこれないかという電話が掛かってきたのだ。
そして、バイト先に向かい、バイトを済ませ帰りにコンビニによって帰っている途中に、変な男に刺されたわけだ。
思い出してみれば、この日はそれまで珍しくほとんど不運な目にあっていなかった。
ボスのドロップはレアドロップだったし、クエストクリアでもらえる確率報酬も最もレアなものが確率報酬枠最高数である3つ手に入ったし、試しに引いてみた課金ガチャも当たりが出た。
唯一不運だったのはバイトに行かなくてはならなくなったことだが、上司からジュースを奢ってもらったり、お菓子を貰ったりとそれほど悪いことではなかった。
しかし、よく考えてみるとそれが悪かったのではないかと叡嗣は思う。
小さな幸運が続いたことによって大きな不運がやってきてしまったのではないかと。
それから30分程が経った頃、叡嗣は右手側の遠くに木の柵で囲われた建物の建ち並ぶ場所を見つけた。
まるで、RPGの村のようなそんな出で立ちの場所を見つけ、叡嗣はどうやら今回はツイていたようだと安堵の溜め息を漏らした。