詩音の旅立ち
「おはよう、三海」
「お、おはよう、詩音」
夜に誘われて家出をした翌日の昼前。矢先詩音は河瀬三海の家を訪れていた。
突然の訪問だったにも関わらず、三海はすぐに詩音を出迎える。ちゃんとしてるっていうのはこういうことなんだろうなと詩音は眩しく思う。
「三海、昨日はごめん」
「ううん、悪いのはわたしだよ。いきなり怒鳴って、夜と詩音にひどいこと言っちゃった。ごめんなさい」
「でもそれは詩音が三海を嫌な気持ちにさせたからでしょ。三海は悪くないよ」
「悪いよ!」
詩音と三海はどちらがより悪いかで揉めて、それがおかしくなって吹き出す。
「ごめんね、三海」
「いいよ。こっちこそごめん、詩音」
「うん、全然大丈夫。あのね、昨日帰ったらお父さんからメール来てたんだ」
「そうなの? よかった」
素直に喜ぶ三海に詩音はわずかに表情を曇らせた。すぐに三海もそれに気づき首を傾げる。
「詩音? それを待ってたんじゃないの?」
「その、はずなんだけどね。明日迎えに来るんだってさ。だから」
「それは……」
詩音の言っていることの意味を理解した三海はびっくりしたように目を丸くした。
「うん。だから今謝りに来た」
「明日の何時くらいにここを出るの? 見送り行くよ」
「ううん。いらない」
「でも」
「詩音は、詩音一人でお父さんと話さないといけないから。三海が背中を押してくれたから、そうすることにしたんだ」
詩音はまっすぐに、しかし柔らかい表情で三海を見つめる。三海はなにか言いたそうにしたが、首を振ってなにも言わなかった。
「じゃあ、詩音帰るね」
「うん。来てくれてありがとう。またね」
「またね」
最後まで"またね"と言ってくれた三海の優しさが詩音には嬉しかった。またもや涙が零れ落ちそうになるけれど、歯を食いしばって、目を見開いて前に進む。詩音が頑張るのはこれからなのだから。