電車の清掃って・・・1
この星には、幾多の鉄道が走っている。そんな中、その鉄道を動かすのは、指令所の人や、列車を運転する運転士、車掌、駅員であったり、保線係や整備係の人たちである。
そして、ある電車区に、一人の男・・・と言うには本当はかなり違うのだが、名前を高橋誠一と言う、鉄道の整備係をしている男がいた。
この、高橋という男。実は人間の姿をして居ない。
「おーい。そのブラシ、こっちに渡してくれ」
「はいよー」
ブラシを受け取り、水をかけて窓ガラスを洗う。
「まったく。村田さんはいいよー。その鼻で水をぶっかけてから、直ぐに洗えるんだもんよー」
「それは、俺の特権!」
窓ガラスを洗っているのは、人では無くゾウなのである。
「オメ―もはえーとこ、扉の点検しろー?」
「あー。すぐやんよー」
そう言って、作業に取り掛かったのは、コオロギだ。
「・・それじゃ、作業に取り掛かって下さい」
ある所にある車両基地。その、洗浄線の作業台。そこに電車が停まっている。
車両の運転室にあるマイクで、既に乗り込んでいる作業員に指示を出したのは、木人だ。
そう指示が出て高橋は、ほうき、塵取り、ダンモップ、濡れモップを車両の端に置いた後、雑巾を手に取り、そして車輪付きの籠の紐を引っ張り、作業に取り掛かる。
雑巾で、荷物棚の手すりにある手垢をふき取りながら、床の大ゴミ・・・空き缶とか飴の袋、雑誌、置き忘れた傘などを回収していく。
これを、次の車両にも同様に行う。
今、担当する2両目の端迄来たら、籠はその場に置き、今度は手すりを拭きながら戻るのだ。
戻ったら、ダンモップで床を拭いて行く。
車両の隅から真ん中へ向かう様なイメージだ。
このダンモップはから拭きで、砂や埃をよく吸着する。そして、取りきれない埃は一か所に集めるのだ。
そして、二両目が終わったらダンモップは籠に仕舞って手ぶらで戻ってから、今度は、自在ほうきと塵取りでさっき集めた埃を回収する。
二両目の塵を取り終わったら、籠にセットしたゴミ袋に入れてほうき、塵取りを籠に戻して元の位置に引っ張る。
そうしたら後は、濡れモップだ。
濡れモップは、体を後ろにバックしながら、左右に掛け、床をまんべんなく拭いてゆく。
これを二両分やる。
それで、拭き終わったら終了だ。これを、一両につき十分。合計二十分で終わらせる。
そんな中、仕業検査も同時にやる。特に、マイクとスピーカーのテストは・・・。
通常なら
「マイク1、オーケーです。マイク2オーケーです」
と、ちゃんと業務に従っていう人も居れば、本来こう言うべき所を、ある者は
「フッ、フッ」
と、息を吹きかけ、その音を確認して終わらせるのだ。
別に、急いでもいない筈なのに。
ああ。前世もこの世界でも変わらない。
高橋はちょっとだけ、天を仰いだ。
仕事って、人によってはこんなもんよね。
そんな事を思っていると、
「次の車両に移ってください。次の車両に移ってください」
と、木人である主任から、指示がでた。
次の車両は十両編成。四両+六両。
これを二人一組、四班で清掃する。
高橋の居たのは六両側であり、今度清掃するのはその内の三両だ。
持ち時間は三十分となる。
また、同じ作業に取り掛かる。
そして、籠を片手で引きながら、手すりを拭いている、もう片方の手を見る。
その手は毛むくじゃらでしかも灰色。
そう。人間では無い。
高橋は、異世界に来てからオランウータンに転生していたのだ。
人間としての生前は、年なのか、顔のほうれい線が目立っていた。
もしかしたら、これがそのまま反映され、今のこの姿に転生したかも知れないのだと、そう思う高橋であった。
一方、掃除でもう一人、窓拭きとか、天井の蜘蛛の巣取りや、シートに付いている髪の毛等の掃除を担当する者がいる。
その姿たるや、動物のキョンなのであるが、窓を拭く正確さ、速さはピカ一だったりする。
電車は窓が多くて大変なのだ。
それを、素早く正確に、窓ガラスの手垢を落していくのだから、大したものである。
そうだ。キョンなんかがどうやって窓を拭いているのかって?
それは「ド○えもん」よろしく、殆んどのこの世界の住人は、マジックハンドよろしく、
物は前足なり、後ろ足にも器用にくっついて使えるのである。
その点、高橋は、ちゃんとした手があるので、差ほど人間でいた時と違和感なく物を持ったり握れたりしているのだ。
しかし、オランウータンの握力は強大なもので、力の加減を間違えると、ほうきの木の柄を簡単に折ってしまうのだ。
この様な感じで、列車を五本もこなせば約十から十五分の休憩になる。
さて、次は、特急車両タイプの清掃が控えている。