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主人公になれなかった人

作者: 野兎

 できることなら人生をやり直したい。そう思っていてもどうにもこうにもやり直せないのが人生なのであって、だからといって後悔のないように生きようとするのにも気力がいる。そのことに気づいたなら後悔しないように生きれるのが勝ち組。気づいてるのに何かと理由をつけて後悔するような毎日を送っている時点で負け組なのだろう。しかし自分が人生負け組だ。と自覚していても素直にビルの上からダイビングできるような勇気ある非凡な人間でもあるわけないし、ただ年末に買う宝くじに願いを託すだけの日々。

 そんな他力本願な毎日の中で楽しみといえばペットの猫を愛でることと、ゲームをすることぐらい。毎日猫に癒され、日曜日にはゲームに興じる。それだけ。退屈で平凡なのが一番だと昔の偉い人は言った。しかしストレスによる病が蔓延するこの現代日本で退屈を感じることは運動しないことよりも体に悪いんじゃないか! とテレビで見たうろ覚えの知識を呟いてみても反応はない。世界の大きさとネット社会の厳しさを身に染みて感じるも、そこから得たものは何もない。


「どっか遠いとこに行きたいな」

 雪が降る海の上のフェリーに乗る自分が頭に浮かぶ。社会が嫌になって逃げる人で南の島に行く人は楽観的だ。追い詰められている人は北海道の網走などに行くのではないだろうか。そんなイメージがある。


「北海道行って何するんだ」

 あーと叫んで頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった後に冷静に自分が周りからどう思われているかを考えると、変人だ。まあ、薄っぺらい壁の向こうの住人とは何の面識もないのだから気にすることもない。


「あ、負けた」

 考え事をしていたからだろうか。やめよう。こんな日は何回やっても負ける。

 肩に頭を押しつけてきた猫の頭をカリカリと掻いてやると、そのまま寝転がってる布団の横に入ってきた。


「お前が喋れればいいのに」

「にゃー」

 賢い。今まで名前を呼んでも返事などしたこともなかったのに。

 黒猫のアレックス。真っ黒な毛並みに黄金の瞳。アパートの前に捨てられてたのを拾った。体に不釣り合いな大きさの段ボールの中で不思議そうにこちらを見上げる一匹の黒猫は、何故か私と似て見えた。


「アレックスー」

 呼んでみてもアレックスは体勢を変えて足を動かしただけだった。猫は人間の思い通りには動かない。


「ま、わかってたけどね」

「にゃにをわかってのかい?」

 ダメだ。疲れている。何か聞こえた。

 アレックスの目がいつもよりギラギラしていた。


「幻聴かにゃにかと思ってるんじゃにゃいか?」

 怖い。

 アレックスがアレックスじゃないみたいだ。今までいたアレックスはおらず、不気味な、私の知らないアレックスがいるだけだった。

 その黒い醜悪な獣は私に悪魔のような声で語りかけた。


「俺がどこか遠くに連れってやろうかにゃ?」

「いいですいいです!」

 怖かった。私が行きたかったのは安全で、平凡な______ああ。


「私は主人公になれないのか」

 アレックスは「くあぁ」と欠伸をすると布団からするりと抜けだした。

 こちらを見たアレックスはニヤリと笑うと窓からピョンと飛び跳ねて出て行った。

 アレックスは帰ってこなかった。


 しかしつまらなかった世界は、どこかに違う世界があると考えるとマシに思える。

 アレックスはいなくなったが、私の生活は楽しくなった。私がもう一度あの選択を迫られても、同じものを選ぶだろう。人生で初めて悔いのない選択ができた……と思う。

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