第86話 宵闇の魔王
冒険者は有事の際、全ての種族の利益を守るため動けるように日々鍛練し備えているというのが建前にある。実際はただの出稼ぎだったりって者が多いとは思うんだけれど、ちゃんと崇高な理念を掲げている。
なので国際情勢が大きく動く際には、このように全冒険者に情報を共有するようだ。
「まず、魔除け薬についてです。これが魔物に多大な影響を与える有害物質を含んでいたことが発見されました。所持している者は早急にギルドへ提出せよとのことです」
思えばこの部屋で気がついてから、私の荷物は全て無くなってしまっていた。あの実験データもだ。
「竜王が調査団を結成し事実を突き止めたとのことです。人王へと進言され、今冒険者ギルドも対応を求められている状況です」
「竜王が突き止めた、ねぇ」
け!ウソつき野郎が!
私たちが必死になって掴んだ情報を勝手に我が物にするなんて図々しい奴だ。
「グラ様の考えですが、これにより竜人族は人族に大きな貸しを作ったのではないかということです。何か表に出てない秘密裏の約束ごとなど交わしているのではないかと推測して…」
「冒険者ギルドからの伝達と聞いたのでお通ししました。マーガレット様に獣人族として個人的な接触をはかるようであればご退席願います」
今まで黙っていた女性から突然の牽制がきた。鳩上等兵は咳払いし「以後慎みます」と伝え、また伝達事項へと戻る。
「ギルドから指名された冒険者は魔除け薬の回収の命令を受けていますが、竜人族領に在留中のマーガレットさんには特に連絡はございません。さすがにドロデンドロン大陸にいる者においそれと指示などは出せないということでしょう」
「まぁ、命令受けてもここから出られないだろうからね」
竜王が私の嫁入りを宣言しているのなら、私は竜王直々の管理下にいるとみんな考えているだろう。イザークも聞いているのであれば、助けに来てくれるはずだ。
「あとは、魔女が人族領ダーリエに現れたことですね。どうやら魔王復活を人族に知らしめにきたようです。その後各種族の領地に現れ同じく魔王復活を告げていのが報告されています」
「本当に、魔女ってのは目立ちたがりだから敵わんな」
鳩上等兵と話していたら、知らない男の人の声が突然割り込んできた。部屋の入り口を見ると、初老の男性が中へと入ってきているところだった。
端で控えていた女性が片膝をつき頭を垂れ忠誠を示す。
「気分はどうだ、人族娘よ」
「…」
「そう警戒するな。私はお前を助けてやったんだぞ」
男はベッドの近くまで寄ってくると、私の顔を覗きこんだ。その瞳は深い色をしていて飲み込まれそうだった。
「あそこで私がお前を保護することが、決められた未来であったからな」
「それが未来予知ってやつ?」
「ご存知のようだな。私は預言者にして竜人族を束ねる者…竜王スペルディアだ。お見知りおきを、人族娘よ」
怖い。その目は笑っていなかった。
だからって負けたりするもんか!私は虚勢を張る。
「私たちが必死になって掴んだ情報を、さも自分の手柄のように話をするなんて。誇り高い種族だって聞いてたけど、ただの卑怯者じゃない」
「ふん、そんな些末なことを気にするのだな。誰の手柄かなど関係なかろう。それともお前は栄誉がほしくてあの人族商人を調べていたのか?」
私が噛みついたことに驚いた鳩上等兵は慌ててお暇することを伝えた。竜王はいまだ頭垂れる女性に「送って差し上げろ」と指示すると、部屋には私と竜王との二人っきりになる。
「栄誉がとか、そんなつもりじゃない」
「であれば、誰が止めたかなんて大して重要ではないだろう」
もう、ああ言えばこう言う!
何だか論点がすり替えられてる気がして、私はモヤモヤだ。この男を言い負かさなくては気が済まなくなって、私は攻撃的に話を続ける。
「私、預言ってのが魔女の秘め事によることだってことも知ってるんだからね!」
「イーラの言葉を信じているとは愚かな娘だ」
余裕ぶった竜王スペルディアを動揺させたくて違う方向から攻撃してみるが、全く効かなかった。スペルディアは淡々と私の言葉に対して返してくる。
「イーラは確かに信用ならないけど、情報源はそこだけじゃないんだから」
「そうだな。しかし人族娘よ、お前はイーラを信用しすぎている。奴は伊達に魔王なんぞをしていたわけではないんだぞ」
「その言い方まるで『魔族の親玉やってる奴は悪い奴』って言ってるみたいに聞こえるんだけど、酷いんじゃない?」
「何も知らん小娘がしゃしゃりおる。私たち竜人は元々魔族と共に生きてきたのだ。魔族がイコールで悪などと、そんなふざけた考えはしていない。最も、愚かしいとは思うがな」
スペルディアは椅子に腰掛けるとまた私へと話し始める。その瞳はあのダーリエで上空から見下ろして来ていたときと同じだった。
「魔法が使えるということはどういうことなのか、お前さんは習ってきたのだろう。魔法とは理解力であり支配力だ。そうした支配することに抜きんでていたのが魔族だったのだ。そのせいか、魔族は同じ種族だろうと他者を尊重しない。魔王がいなければ協力するということを知らない。私たち竜人のように仲間と助け合うということができない。だから私たちは魔族から独立したのだよ」
「私の出会った魔族はそんなことなかったわ。イザークとか」
「イザークか…あれは特異な存在だ。人族娘よ、お前がそうやって慕う魔族は昔、一番他人を受け入れはしなかったよ」
どうやらイザークと知り合いのようだ。スペルディアは昔を思い出しているかのように目を細めた。最も、それは懐かしんでるような表情ではない。
「あれが『ラースラッドの悪魔』と呼ばれていたことは、耳に入っているだろう」
私がずっと聞きたくても聞けなかった、彼の二つ名について。それがここに来て出てくるなんて、心の準備をしていなかっただけに緊張した。
「あれは正しく悪であった。あれは先の戦争で、多くの他種族を手にかけた化け物だったよ」
「まさか…」
「何も知らぬ癖に、よくもまぁあれについて語れるものだ」
何となく、薄々は気づいていた。もしかしたら、そういうことじゃないのかって。イザークはその呼び名で呼ばれたとき、微かに怯えながら私を見ていたから。
それでも私が今まで一緒に過ごしてきたイザークからは、とても想像ができないのだ。
「魔族が悪か、そうでないかと…今はそんな話はどうでも良い。そんな話がしたくて来たわけではないからな」
「…それじゃ、何しに来たのよ」
私が悪あがきのように睨んでも、スペルディアには全く効かなかった。それどころか憎々しげに私を睨み付けてきたので、私は思わず口をつぐんだ。
「預言の書…正式には『傲慢の書』という。それには、ここで私はお前さんに魔王について告げるのだと記されていた。最も、預言の書を見なくても今はこの世界の誰もが新魔王が誰なのかということを知っている。魔女が言いふらして回っているからな」
新魔王について?
やっぱりイーラが魔王に復活したんだろうか。スペルディアが信用ならないと言ってるくらいだし、これだけ嫌そうな表情をしているのだからありえない話ではない。
しかしスペルディアから語られたのは、私が予想もしていないことだった。
「新魔王として君臨したのは、『宵闇の魔王』…名をナイト・ウル・ダークネスという。お前と共にこの世界にきたあの少年だ、人族娘よ」




