第84話 熱狂的執着
冒険者との戦闘になるかと身構えた時だった。それは突如として聞こえてきた。
『こんばんは、こんばんは。どうも初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりね』
対立していた冒険者も、もちろん私たちも突然の挨拶に驚く。それは私の世界ではよく聞いた、校内放送とかで聞くような拡声された音声であった。
『ダーリエに住む人族の方、並びに少数の他種族の方、それと遥か遠くから来た少女よ。ごきげんよう。わたしは魔女、ペッカータ・モルターリアよ』
「う、上だ!」
冒険者の誰かが叫んだのを皮切りに、戸惑いと悲鳴が上がる。ダーリエ上空には空を覆い尽くしてしまいそうな大きさの竜が飛んできていたのだ。
竜?竜人が魔女なの?と混乱する私にイザークが「背中だ」と教えてくれた。どうやらあの竜の背中から魔女ペッカータ・モルターリアは話しているらしい。
阿鼻叫喚とはこのことである。空に現れたドラゴンを見ただけで、こちらに敵対していたはずの人々はパニックなのだから、竜というのがどういう存在なのかということが見ているだけで分かる。
『大事なお知らせに来ました。貴方たちが今夜パーティーなんて平和ボケたことをしてるってことなので、もっと危機感を持ってもらいたくて。王族も平民も、全ての人族にきちんと伝えたくて、私自らが伝えに来ました』
竜が大きくてその姿は見えないが、声だけで判断すると若い女性のものだった。
「スペルディア様…」
「カルヴィン?」
カルヴィンが真っ青になり震えだした。私が声をかけても反応する余裕がなく、彼は片時も視線を外さずその竜を見ていた。
「スペルディア…竜人族の王だ」
「え!?」
「竜王、なぜ魔女と一緒?」
ナンシーも戸惑い疑問を口にするが、今この場にいるだれもが動揺することしかできなかった。そして魔女はとんでもないことを口にする。
『魔王が復活しました。第16代魔王が誕生したのです』
この言葉により、悲鳴はさらなるものへとなった。ダーリエの誰もが混乱し、恐怖し震えていた。
「マーガレット」
唯一平静なイザークだけが、こっそりと耳打ちしこの場から逃げるよう手を引いてくる。私たちはこっそりとエイブラハム邸を抜けることにした。
逃げる私たちに気づいていたヒューバートだったが、さすがにこんな事態になってしまったので追ってはこなかった。
『平和な時代は終わるのです。また戦の日々が戻るでしょう』
エイブラハム邸を抜けて、私たちは街中へと入り込む。人々は魔女の声につられて家から外へと出てきていて、街中もやはり混乱状態だった。
「たく、イーラってば魔王に戻るつもりないって言ってたのに!なんだって急にそんなことを?」
私は人で溢れかえる通りを抜けながら、苛立ち吐き捨てた。あのニヤニヤ坊やは一体何を考えているんだかと、あいつのせいでこんなパニックが引き起こされたんだと思うと嫌味の一つもぶつけたくなってしまったのだ。
「いや、本当にイーラなのか?」
「え?」
「イーラは言ったことを覆すことがほとんどない。それにイーラが力を取り戻すためにはマーガレットの血が必要だって話だった」
え?だって、てっきりイーラなのかと。あまり魔族の知り合いがいないから、他に王位に着きそうな魔族を知らないっていうのもあるけど。それに私が血を分けなくてもあんなに力を持つイーラのことだから、何だかんだでまた王位に着いてしまったんだと思った。
「そうよ、前代魔王じゃないわ」
そこで会話に入り込んできた者がいた。
金髪ツインテールを揺らし、フリフリでフワフワなゴスロリファッションの今世紀一番の美少女ドワーフだ。
「ブレンダ…」
「久しぶりね、杖の調子はどう?」
「新しい魔王のこと、知ってるの?」
ブレンダはいつも通りのゴスロリファッションに、彼女の身長を越える大きさの木箱を横に引いていた。その木箱は下に車輪が付いていて、動かすときは台車のように車輪の力で難なく動かせるようになっているようだった。
それでも人1人ほどの大きさのある木箱のため、パニックに陥る人族には通りを塞ぐ邪魔なものとしか判断されなかった。
「邪魔なんだよ、お前ぇこれどけろ!」
血の気の多い人族の男が木箱を殴る。それに反応してブレンダは木箱の蓋を開けた。
「今世紀一番の美少女ドワーフにして次代の魔女候補に向かってきたこと、後悔するわよ」
ブレンダが開けた木箱からは人形が出てきた。木製の人形でカタカタと乾いた音が鳴る。その人形は独りでに木箱から出てくると、怒鳴った人族男性を思い切り殴り付けた。
「ブレンダ!」
「話の腰を折るなんて最低よね」
「ねぇ、次代の魔女候補って何?」
「そのまま聞こえた通りよ」
ブレンダは人形に手を伸ばし何かを渡していた。ここから見るに何の変哲もない木片のようだけれど。
「私、ペッカータ・モルターリアに認められたの。課題がクリアできれば魔女にしてもらえるのよ」
「課題?」
「そう。私の魔法道具製作の腕を買ってくれたの。『あるもの』を作れるようになれば魔女として迎え入れるって。でもね、やっぱり魔法道具製作には技術もそうだけどたくさんのお金がいるのよ」
人形は与えられた木片を口に入れ、飲み込んでしまった。表情のない不気味な雰囲気の人形は、飲み込んだ瞬間ブルリと震えた。
「いいこと、その木片は私があの女に渡した杖の一部だったものよ。その木片の持ち主はあの女だって、分かるわね?」
人形の首が一度後ろに傾き、前へと倒れこむ。頷いたってことなんだろう。人形に話しかけていたブレンダは再びこちらへと話しかけてきた。
「マーガレット。私の資金源を潰そうとするの、止めてくれる?」
「…やっぱりエイブラハムと繋がりがあるのね」
私はエイブラハム邸の人形部屋のことを思い出していた。あの部屋の人形、どこかで見たことある気がしたのだ。隠し部屋の前に置かれた人形は椅子に座り、杖を磨くポーズをしていたことを思い出した。
「この子は私の作った魔法道具の『熱狂的執着君』。今、マーガレットのことを覚えさせたから…」
ブレンダが言い終わらない内に、突如として人形は私に飛びかかってきた。ナンシーが脇腹に蹴りを入れ、イザークが庇うように私を抱き込んでくれたお陰で何もなかったが、あまりのことに動けなかった私は呆然とする。
「あんたの命を奪うまで、徹底的に狙ってくるわよ」
ブレンダは笑って逃げていった。ブレンダを追おうとしたイザークだが、再び襲ってくる人形から私を庇うため逃してしまった。
「イザーク、わ、私は大丈夫…自分でこの人形は何とかするからブレンダを…!」
杖を構えてみるが先ほど襲われたときの恐怖のせいか手が震える。思えばここまで真剣に命を奪われそうになったのは、初めてこの世界に来た時襲ってきたジャイアントウルフ以来だ。
「ムリするな、マーガレット」
イザークは簡単に人形の首をはね、手足をもいでしまった。地へと倒れこむ人形を見て、やっぱりイザークに助けられてばかりだと少しへこむ。
「なんでドワーフ族のブレンダが魔女と繋がりを…」
「あのドワーフの暴走も止めないとまずいな」
彼女の走っていった方を眺めても、もう姿は見えない。しかしそうやって気を抜いている時だった。カタカタとまた乾いた音がして、私が驚き振り返った時には人形が首だけの状態でこちらに飛びかかってきていた。
反射的に手に持っていた杖でガードすると、大きく口を開き杖を噛み砕かれた。




