第79話 彼の意外性
私はギリギリ乗り切ったピンチに、今さらながら腰を抜かしてへたり込んだ。ヒューバートがいてくれて良かった。私はほっと一息吐くと、助けてくれたヒューバートに礼を述べる。
「ありがとう、ヒューバート。助けてくれて」
「あぁ。マーガレット、君は魔族ではないだろう」
「そうよ、そうなの!誤解を解いてくれて本当に助か・・・」
「魔族なのは彼だ。イザークが、そうだろう」
ノドが「ヒュッ」と変な風に鳴った。まだ近くにいた獣キャバ3娘の眉間にシワが寄る。ヒューバートは変わらぬ表情でへたり込んだ私に紳士的に手を差し伸べた。
「正直、分かっていた訳ではない。あの大会の時から『もしかしたら』と思っていたが、今の君を見て確信に変わったよ」
「そ、そんな・・・」
「あの強さだ。しかしまだ秘められたものを感じていた。彼は魔族だったんだな」
私は獣キャバ3娘からの痛い視線も感じながら、汗がダラダラと流れてくるのを感じた。この男、私のことを助けてくれたんじゃなかったの?どっちなの?混乱のままその手を取り立たせてもらうが、彼の真意が読めない。
「ちょっと、マーガレット!一体どういうこと?何がどうなってるのか、説明しなさいよ。魔族がグラトナレドにも来てるなら、私たちだって無関係じゃないんだからね!」
ニーニャがキャンキャンと甲高い声を上げる。イザークのこと気付いたとはいえ、ヒューバートは何だって獣キャバ3娘がいる前でそれを言ってしまうんだ。せめて彼女たちがいなくなってから言ってくれたら良いのに。
私の恨み言は誰も知らないまま、ナンシーがヒューバートへと声を掛けた。
「宿、取ってる。そこへ」
どうやら落ち着いて話をするために、場所を提供してくれるようだ。
* * *
3娘の取っている宿は、そこそこ広かった。なんせ姫巫女が泊まるのだからあまりに低ランクの宿はダメなのかもしれない。
姫巫女・・・まさかミラがそうだったなんて、私は意外すぎる事実にまじまじと彼女を観察してしまう。
ホンワカしていつもニコニコ笑顔が絶えず、ちょっと天然で優しい彼女。どちらかと言えば高飛車で上から目線のニーニャの方が姫巫女様なのかなって思ってしまっていた。だって獣キャバで彼女はミラによく説教していたし。
しかしミラは力を発揮すると素手で家屋を破壊してしまう力を持つ。もちろん、獣人はもともと力が強く身体能力の高い種族なのだけれど、それでも彼女の破壊力は常軌を逸していた。
「さ、説明してちょうだいよ。何なの?そのイザークって誰なのよ」
ニーニャが早速、尋問よろしくこちらを睨んでくる。ミラはもう私が魔族でないと分かっただけで満足なのか、あまり興味なさそうだった。ちょっと、そんなんでいいのだろうか?しかし気にする私に気付いたのか、ミラは「魔族じゃないなら良いんだよぉ」といつものおっとり笑顔を見せる。逆に怖い。
「どこから説明して良いのか・・・」
私はヒューバートとニーニャたちを見ながら考える。
とにかく、いきなりの敵意はなくなったから、あとは順序立てて話をすれば、今この場にいる4人は味方になってくれるのではないだろうか?ヒューバートも獣キャバ3娘も、むしろ悪いことは正そうとする正義心のようなものがあるような気がする。
だから私は、慎重に説明を始める。
「イザークは、魔族だよ。私が一緒に旅してる人」
「魔族と旅?人族が?」
ニーニャが胡散臭そうに目を細める。そりゃそうだ、魔族との確執は皆知っていることだろう。
「彼と一緒に旅しているのには、目的があるの。『あるモノ』を破壊すること。そのために、グラトナレドにも行ったの」
「『あるモノ』?」
「何よ、それ」
ナンシーも首を傾げる。私はヒューバートの表情も窺ってみたけれど、彼は目を閉じ静かに話を聞いているだけで、決して表情を動かすことはなかった。
「7種の王と魔女の秘め事・・・この世界を破滅に導く力を持つ魔法道具って言えば良いのかな?これは、7種族の王がそれぞれ持っているものなの」
私が一息ついてみると、ニーニャとナンシーは顔を見合わせ困惑しているようだった。一体何の話が始まったのかと思っているのだろう。確かに、荒唐無稽な話かもしれない。急に世界を破滅に導く力って言われても、私だったらそんなの笑い飛ばしてしまう。
「獣王とは話をしたわ。彼は人族のある人物に・・・騙されて、その秘め事を使ってしまったの。それが今、世界に災いをもたらしてる。それを止めに私は今、王都まで来たの」
グラが知ってて秘め事を使っていたことは、言わない方が無難だろう。私は敢えてそのことは黙って伝えた。
「どっかの物語のヒロインみたいね。何なのそれ、信じられると思ってるの?」
やはり簡単には聞き入れてもらえないか・・・
しかし明らかに疑ってかかるニーニャを見て、私はふと思い出した。そう言えば彼女と仕事をしていた時、休憩時間に聞かれたことがあった。
「ニーニャは、エイブラハムの人柄とか評判を気にしていたけど、それって獣王から何か指令を預かってたからなんじゃないの?」
「・・・」
ニーニャは口を噤むと、気まずそうに視線を逸らした。それを見て、ナンシーが口を開く。
「監視のため。だからゾンネンブルーメで、働いてた」
「ちょっと、ナンシー!」
「秘密、してる場合、違う」
ナンシーが静かにニーニャを見つめると、根負けしたのかニーニャは「もう!」と頭を掻くと口を割った。
「確かに、私たちは獣王様からエイブラハムを監視しろと言われてゾンネンブルーメにいたわ。あいつがオイシイ商談とやらを持ち込んできたから、気を付けろって。何か変な動きがないか見てくれって言われてたのよ。それが、獣王様が騙されてたことだって言うの?」
「エイブラハムが持ち掛けた商談・・・『魔除け薬』が、それが秘め事の力を纏ったこの世界を破滅に導く力だったのよ」
私はここで、ニーニャの手を取り頭を下げた。もう、あとは信じてもらうしかないのだ。
「お願い、ニーニャ!力を貸してほしいの!エイブラハムはアレが生き物を飢餓に陥らせて狂わせることを知っていながら世にばら撒いてる!これを止めなきゃいけないの!」
「・・・それを止めるために、魔族とマーガレットはグラトナレドに行ったの?」
「そう。イザークは決して、無闇に他人を傷つける人じゃないんだよ!」
私がそう言った瞬間、ヒューバートがクスリと笑った。馬鹿にしたような笑い方が彼には似合わなくて、私は驚き顔を上げた。
「すまない。話はわかったよ」
「・・・こんな話、信じられない?」
「信じる信じないは、この際私には関係ないと言って良いだろう」
意味が分からない。トルペで一度、一緒に祝賀会を開いた時はこんな雰囲気ではなかった気がする。でも、そう言えば戦う前にイザークに見せていたギラギラした表情と今の表情は似ている気がした。
「私も手を貸しても良い。その代わり、マーガレットには頼み事というか・・・交換条件がある」
「交換条件?」
「その秘め事の破壊とやらに協力できたら、イザークと・・・彼ともう一度戦わせてほしい」
え?何それ、どうして?
「彼は確かに魔族だけど、別に悪い人じゃ・・・」
「その説明はもう聞いた。そこは別に関係ないんだ」
ヒューバートはあの時と同じギラギラした瞳で熱く訴えてくる。
「彼は間違いなく強い。だから、私は今度こそ全力の彼と戦いたいんだ」
穏やかな紳士かと思っていたのだが、とんだバーサーカーだった。




