第77話 湯浴み
「ご安心ください。今、王都もそれ以外の人族領も、ギルドが動き大量の冒険者が警備についております。なので、彼らに任せてもらえれば魔族の脅威もたちまち取り除かれますよ」
人王は昨日と変わらない笑顔で私たちの申し出を突っぱねた。次の日、朝食の席に呼ばれて食卓に着いてすぐの出来事だった。
「いや、しかしだな・・・」
「姫、ご安心されよ。冒険者ギルドは国から独立して機能している民間の組織です。恥ずかしながら私の不甲斐なさにお怒りになるお気持ちは分かりますが、何せ冒険者たちはあらゆる修羅場を乗り越えてきた強者揃いです。むしろ彼らを信じず勝手に動いたとなれば、冒険者たちの顔に泥を塗ることになりますからな」
何だその理論は。私は呆然とその様子を見ていたが、ルークスリアも困っているようだった。
「・・・わらわの供はどうした」
「ああ、そうです。これはうっかり、忘れておりました。私も年ですかな?姫がとても自慢げに『腕の立つ者』と評価していらっしゃったので、ぜひ我ら王族騎士団がご指導に預かりたいと申してましてな。今、お2人には我が国の騎士団のご指導をお願いしているところなのです」
「わらわに許可も取らず、勝手にそのようなことをか?」
「お2人には快く受けていただき、誠に感謝しております」
何てこった、完璧に引き離されてしまった。2人は今、一体どこにいるのだろうか。間違ってもどこか訓練場みたいなとこで騎士団といる、なんてことはないだろう。
「それと、実は人族の者たちは皆、ルークスリア様の御来訪に大変感激しておりましてな。本日も、歓迎の意を表しパーティを開きたいと申しております」
「は?」
「すでに準備をしております。みながルークスリア様のことを歓迎しておりましてな。急なことで大変申し訳ございませんが、彼らの気持ちに応えていただけませんかな?」
「そんな・・・」
「先ほど仰っていただいた王都の視察も無くなりましたしな。本日は荷物も少ないルークスリア様のために衣装も星の数ほどご用意しておりますし、夜の準備のため色々ご用意しております。お付き合いいただければと思うのですが」
ちょっと、勝手に視察が無いものにされてしまってる。しかも、彼らは歓迎とかそういう断りにくい理由を並べ立ててくるもんだから、始末が悪い。ルークスリアも硬い表情になっていった。
「ラスタリナでは我が国の遣いの者が持て成していただいている。我々もルークスリア様たちをお持て成しさせていただくのが筋と言うものです。どうぞこの気持ちをお受け取りください」
もう人王の笑顔は恐ろしいものにしか見えない。人王の遣いが持て成されている訳ではないことも気づいているだろうし、それでこちらに釘を刺してきているのも分かる。
私はこれが人王のやり方なのかと動揺するけれど、せめてそれを悟られないように気を付けることしかできなかった。そして、ルークスリアはどうするのだろうと様子を見ていると、硬い表情になっていたルークスリアだったが、一度顔を下に向けると最高の笑顔で顔を上げた。
「ありがたい心遣いだ。それでは、その夜のパーティーとやらに備えて、汗を流させてもらう。湯浴みに参るぞ、マーガレット」
「え?」
湯浴み?
「ええ!?」
このタイミングで!?
***
広い浴室。湯船も洗い場も、どこもかしこも広々としていて大浴場のようだ。ここが、王室の湯浴みの場。この世界に来て初めて暖かいお湯に浸かれる機会なのだが、楽しむ余裕はない。
「それ、身体を洗うぞ。わらわが背中を流そうか?」
「ルークスリア!?」
どうしちゃったの?
彼女は一糸纏わぬ姿をさらけ出していた。ちょっとコンプレックスが刺激され過ぎるので身体を隠したいんだけれど、私も隠せるような布は何一つ与えられなかった。
「ほら、どうした。何をしているのだ?」
ルークスリアは動揺する私にお湯をかけてきた。バシャッと結構な量がかかる。
「わっぷ!ちょ、ちょっと待って・・・」
「ほれほれ、嫌ならやり返してみるがいい」
そのままバシャバシャと、湯船の湯をかけてくる。先ほどのやり取りから、急にどうしたと言うのだろうか。私は困惑したままルークスリアを見る。
それにしても、ナイスバディな絶世の美女エルフと、湯浴みにて、一糸纏わぬ姿で仲良く湯を掛け合いはしゃぐ・・・
何だかイケナイ世界!
「ル、ルークスリア・・・」
「良いから。もう少し大きく音をたてよ」
戸惑う私に、ルークスリアは声のトーンを落として囁いた。どういうこと?
「見張られている可能性が高い。他人払いができそうな浴室まで来てみたが、人王がどこまで企んでいるか分からぬ。はしゃいでるフリで良い、あまりこちらの声を聞かれないように気を付けよ」
「あ、そう。そういう感じだったんだ」
言いながらルークスリアは何度も湯をかけてくる。と言うか、こんなプライベートな空間を覗かれてる可能性があるの?そう思ったら、血の気がサーッと引いてきて顔が引きつってしまった。
「すまぬ。浅はかな考えであった。ここまで徹底して拘束されるとは」
「ううん。そんな、謝らないで・・・」
「やはり、外交などは全て老に頼り切りであったため、こういう対処がわらわにはできぬ。歓待するであろう人王を利用するつもりであったが、失策であった」
ルークスリアはへこんでいるようだ。私には外交とか国のトップの駆け引きとか交渉とか、そういうことはさっぱりだから、何と言って良いかも分からない。
「冒険者ギルドはそんなに力があるの?」
「種族に囚われず多種族で構成されている組織だからな。正直、どこの国も厄介に思ってもいる集団だ。武力としては一国家と同等にあると言われている。掲げているのが正義という大義名分故に、叩くこともできぬしな」
意外と危うい立ち位置だったんだ、冒険者ギルド。
「衝突は厄介なため、存続を認めることでお互いに共存する選択をしているのだ。しかし、彼らが仕切っているところにわらわが押し入れば嫌な顔もされるであろう。エルフを敵として認識されるのは良い判断ではない」
「でも事情を話せば分かってくれないのかな。情報提供すれば、心強い味方になってくれるんじゃ?」
「まず、魔女の秘め事が王以外は知らぬ機密事項だ。しかもわらわはその存在を知らなかった。エルフの王であるのにな。一体、母は秘め事をどうしたのか・・・とにかく、そんな存在を急に話して、さらにわらわは詳しくは知らないなどとなった場合に、信用を得るには時間がかかろう」
難しいところだな。薬を実験して使って見せれば全て解決しないのかな?でも、飢餓に苦しむことが分かっているのに魔物にそれを使うなんてしたくないしな。それに、結局薬の効果について「知らなった」とエイブラハムに言い逃れされたら正しく裁くことができなくなってしまうか。
「しかし予想以上であった。ここまでされるとは。正直、この先もわらわへの拘束は弱まらぬだろう」
「どうしようか・・・」
「わらわは自由に動くことができぬ。だから、マーガレット。そなたが頼みだ」
「私?」
「わらわは人王の目を引いておく。その間に、エイブラハムの居所を探り奴の行いの証拠になるものを見つけ出してくれ」
「ひ、1人で!?」
そうだよね。私は人王にとっては別にいらない存在だから、別に城からも簡単に出られるだろう。でも、みんなで証拠探しに行くつもりだったのに、私一人で対処できるんだろうか?
「今、動けるのはそなただけだ。頼む」
そんな風に美女にお願いされたらやるしかないじゃないか。私は自分を奮い立たせて頷いた。




