第76話 謁見
心配げなチャドは、しかし私たちがマグノーリェから出る意思がないことを悟ると、諦めたように深々とため息をついた。
「俺ぁパーシヴァル達ほど優しかねぇ。忠告はしたから、これ以上の判断はお前らに任せる。俺も、あんまり遅いと不審に思われるからな。もうグラトナレドに行くぜ」
最後、私の頭を荒々し気にワシワシとかき混ぜると、チャドは小屋から出て行った。いや、ここまで教えに来てくれただけでも十分である。その忠告に従うことはできないけれど、これからの対策を考えることができたのだから。
「それでは、ダーリエに向かう前に・・・老から万が一のために持たされていた物が役に立つとはな」
ルークスリアは懐から小さな袋を取り出した。その中には、鳩兵隊を呼ぶための粉が入っていた。しかしその色は赤でも青でもなく、緑色である。
「これは外交で使うときの物だ。緑の狼煙は王族からの伝達でな。このことから、大変なことや大きな話を伝える時には『緑の狼煙を上げる』と言ったりもする」
「へぇ」
「老の小話の一つだ。耳にタコができるほど聞かされたものだ」
ルークスリアに緑の粉を渡され、私たちは焚火の準備をした。火を焚き、そこに緑の粉を入れれば煙は緑色に変わる。そうすれば、またすぐに鳩兵隊は飛んできた。
「エルフの女王よ、獣人族一同心配していたところである!特別緊急伝達を冒険者ギルドに届けたとの報告をちょうど受けた故に、獣王も大事に巻き込まれていないと良いがと、心を砕いていたものである」
久々の鳩軍曹は王族からの呼び出しのせいか、以前のような暴言はなかった。
「ふん。心を砕いていた、とな。あの狐め・・・どこまで本当か、信じられぬな」
「我らが王をバカにするな!」
「大方、巻き込まれたくなかったのであろう。こちらに全て任せて安全なところから様子を窺うのは獣人の嫌う卑怯者の戦法ではないのか」
「我々はそんな卑怯なことなどしない。しかし、情報としてお前たちから魔除け薬が危険だと聞かされただけで、それが真実であるとは確信を得られていない。そんな中で動くこともまた、阿呆のすることというだけだ!」
鳩軍曹は怒りを露わにする。ルークスリアは相変わらずだが、これ以上言い合っても仕方ないと仕切り直した。
「それよりも、人王への伝言を頼む。エルフの里ラスタリナが王、ルークスリアより公的な謁見の申し込みである」
「ふん。承ろう」
ルークスリアから伝言を預かり、鳩軍曹は飛び立っていった。
***
「よくぞ参られた、ルークスリア姫」
私たちはルークスリアの三歩ほど後ろで頭を垂れながら待機していた。ルークスリアは凛々しく美しく、その場に立ち人王と対面していた。ダーリエに到着し、やはりルークスリアは人王から歓迎されていた。
「お久しぶりだな、人王よ」
「まさか、そちらから出向いてもらえるとは・・・いまだ帰ってこないうちの遣いの者たちは何をしているのか」
人王の言葉にひやりとする。人王の遣いの者たちはラスタリナで幽閉されている。その後どうなっているかはルークスリアから聞いていなかったけど、まだダーリエには戻ってきていないのだ。
「心配せずとも、我が里で盛大に持て成しているところだ。あの遣いの者、なかなか博識で面白い知識を持つ者がいるではないか。閉鎖的なエルフの里ではそういった知識は歓迎されるのでな」
「ほう。あやつが自ら話しましたかな?」
「いや、いや。わらわにもエルフの里を治める義務があると言うのに、あまりにも人族領へ参れとしつこいのでな。であれば、わらわが行きたくなるようなことの一つや二つ見せてほしいものだと申したところ、なるほど興味深い見世物をしてもらったのでな」
「そうでしたか。姫にご満足いただけて光栄です」
人王アワーリティアは、なかなかにこやかな口調だけれども、その腹の内が分からず私は冷や冷やしっぱなしだ。まさか素直にそう思っているはずがない。
「しかし、供をたった3人・・・しかも1人は幼き少女とは。お聞きになられたであろう、今は危険な時世ですぞ」
「彼女は人族の友である。人族領に久々に来たので、会いとうなってな。わらわが連れてきたのだ」
私に注目が集まり、微かに嫌なコソコソ話が聞こえる。内容までは分からないけれど、そりゃ関係ない小娘が混じっているのだから、その非常識さを批判しているに違いない。
「わらわの供はあの2人のみだ。しかし、腕はたつ故、心配は無用だ」
「そうは言ってもですな・・・」
「それよりも、だらしないぞ、人王よ」
ルークスリアは尊大に胸を張る。先ほどから挑発的な発言ばかりだが、これは作戦のようだ。ルークスリアからは、今後動きやすいように自由奔放我儘娘の体でいくと宣言されていた。しかし、わざとらしいのだが、普段からそんなに大差ないように思えるのが不思議なものである。
「トルペでも魔族の侵入を許したと聞く。一体人族領の警備はどうなっているのだ。これでは交易にエルフがこちらに来た時が心配で仕方がない。故に、喝を入れてやる意味も込めてわらわ直々に参ったのだぞ」
「ご心配いただき恐縮ですな。まぁ、しかし長旅でお疲れでしょう。どうぞ部屋を用意しているのでそちらで一度ゆっくりとお休みいただきたい」
尊大に振る舞うルークスリアにニコニコと対応するアワーリティアは、何だか得体が知れず不気味だった。とりあえず用意してもらった部屋へと案内される。そこは、広く豪華な客室だった。
「お供の方々は別の部屋となりますので、ご案内します」
案内してくれたメイド服のお姉さんの言葉に、ルークスリアは眉根を寄せて断った。
「エルフは、仲間はみな家族のように育つ。供の者も一緒にせよ」
「ルークスリア様、ご勘弁ください。ここは人族領でございます。そのような持て成しは失礼と判断されてしまうのです」
メイドさんは深々と頭を下げながら、しかし頑として聞き入れようとはしなかった。
「わらわが申しているのにか?」
「私がお供の方を別室にご案内しなかったと知れれば、私の首が飛んでしまいます。それでもお望みということであれば、ご案内させていただきます」
卑怯な言い方だ。ルークスリアは苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、「せめて人族の娘は一緒にさせてくれ」と申し出た。メイドさんは「王にお伝えしておきます」と丁寧に頭を下げて、イザークとカルヴィンだけ連れて出て行った。どうやら私とルークスリアが一緒なのは許してもらえたようだ。
「小賢しいな」
「分断されちゃったね」
やっぱり油断できない。私とルークスリアはとりあえず2人で作戦の復習をすることにした。
「それじゃ、とりあえず色々見て回るためにとりあえず町の視察を申し出るんだよね?」
「あぁ。そうして魔族の情報収集をするフリをしながら、エイブラハムを探す」
「やっぱり人王に秘め事のことを直接話してもダメなんだよね?」
「あの男が素直に話を聞くとは思えぬ。交渉しようにもこちらのカードがなさすぎるしな。人情に訴えるなど、そんなのが通じることもないだろうな」
うーん。困ったもんだ。それでも、エイブラハムを捕まえてまず証拠を確保するのが今のところの一番の策だと決まったのだ。明日、人王に申し出て王都を探していこう。




