第75話 変装
私たちは途中、イーラとも別れゾンネンブルーメを目指していた。
またカルヴィンの背に乗ってなんて甘いことも考えていたが、マグノーリェ大陸内ではもう竜に変身しない方が無難らしい。万が一にでも見つかれば一大事なので、私たちの移動手段は徒歩だった。カルヴィンはグラトナレドの弓勝負以来、ルークスリアのことを認めたらしい。もう無闇に絡んでいくことはなかったから道中も問題なく進むことができた。
ここまで順調だと、エイブラハムのことも案外あっさりと方が付けられそうな気になってくるのだから私も随分楽天的である。しかしそれは、ゾンネンブルーメに近づくにつれて間違いであったと気づかされた。
「様子が変だな」
イザークが警戒したように辺りを目だけで確認する。元々そんなに人通りのある道ではないのだが、今日は人っ子一人いない。静かな道中に首を傾げた。
「何かあるのか?」
「分からんな。人族のことはエルフもあまり詳しくない」
ルークスリアも困惑した様子だ。そうやって不思議に思いながら道を進んでいると、やっと人に会えた。
「良かった。見つけたぜ、マーガレット!」
それは獣人のチャドだった。
「どうしたの、チャド?パーシヴァルたちは?」
「みんな元気にしてる。それより、とにかく来い。ここは目立ちすぎる」
チャドは私の手を引くと、イザークたちにも目を向け「あんたらも」と促した。訳が分からないままとにかく着いていくと、チャドは近くのもう何年も使われてないような小屋に入り込んだ。
「と、やれやれだ」
「チャド、何なの?どうかしたの?」
扉を閉めてチャドは一息つくが、突然のことにこっちは訳が分からなくて困惑しっぱなしだ。チャドは私たちを見回すと口を開いた。
「そこの姉さんはエルフだな。魔族はどいつだ?」
「…俺だ」
「それがしは魔族ではないが、誇り高き竜人族なのだ」
イザークが隠すことなく手をあげたので、カルヴィンも一緒にカミングアウトした。すると、チャドは私を呆れた表情で見下ろしてくる。
「魔族だけじゃなく竜人族とも一緒たぁ、お前も何やってんだ。しかもナイトはどこ行った」
「ナイトは今ちょっと別行動中で…それより、なに?何が言いたいのか、ハッキリ言ってよ」
「マーガレット、この者は?」
肝心の話をしないチャドに焦れていると、ルークスリアが問い掛けてくる。そうか、イザーク以外はみんな知らないんだよな。
「私がこの世界に来てお世話になった、冒険者のチャドだよ」
「お初にお目にかかる。こんな時でなきゃきちんと挨拶もしたいとこだが、ちょっとお前ぇらやべぇことになってるんだよ」
チャドが軽く頭を下げるとルークスリアもイザークも顔をしかめた。何だか察したらしい。
「冒険者ということは…」
「ああ。討伐隊が組まれた。グラトナレドに魔族出没の特別緊急伝達が、鳩兵隊から冒険者ギルドに届いたんだ」
そう言えば2日ほど前に鳩兵隊の新兵が飛び立ったんだった。すっかり忘れていたが、どうやらゾンネンブルーメにも伝わっていたようだ。
「今、人族の領土はどこも冒険者が配備されてる。それに、冒険者集めてグラトナレドへの遠征部隊も組まれてるとこだ。俺らも召集がかかってな。まさかとは思ったんだが、お前の気がして俺だけ様子見で抜けてきたんだ」
「よく抜け出せたね」
「同じ獣人として心配だから、先にグラトナレドの様子を見てくるっつってきたからな。それにしてもディアナのやつ、ネイトの時は散々駄々こねたくせに、俺の時はあっさり送り出しやがる。ひでぇと思わねえか?」
重くなりすぎた空気を変えようとするかのように、チャドはおどけてみせた。でも、相変わらずこのパーティーは私とナイトのことを心配してくれていたようだ。
「てことで、悪いこた言わねえ。もうマグノーリェ大陸は危険だ。カトライアか、さもなきゃドロデンドロンにでも移動してほとぼりがさめるのを…」
「そんな悠長なことは言っていられないのだ」
チャドの忠告はありがたいが、私たちもそんなほとぼり冷めるまでなんてやってられない。早くしないと魔物以外にも秘め事の影響が出てしまうのだ。
「何かあんのかよ?」
「うん。エイブラハムに会いに行かなきゃいけないの」
「エイブラハム?あの人族の商人か」
思いがけない名前に不審げにチャドは眉間にシワを寄せる。そして面倒そうに頭を掻いた。
「何だか知らねえけど、奴ならゾンネンブルーメにはいないぜ。魔族出没の報せを受けて人王から呼び出しがかかったんだ」
「人王から?では王都に行ったのだな」
ルークスリアの顔が不快気に歪む。彼女は人王とは因縁があるので、その表情も仕方ないのかもしれない。
「王都の守りの強化のためにな。奴は魔法道具やら何やら仕入れてるから、それ目当てなんじゃねえか」
「なら王都・・・ダーリエに向かうしかないな」
「おいおい、今人族の領土は冒険者がお前らのこと警戒して警備してんだ。それも王都なんて他の比じゃないくらいだぜ」
無謀だとチャドは止めにかかるが、ルークスリアにとって王都は逆に好都合なのだ。
「わらわが魔族の話を聞き、心配して駆けつけたとすれば人王は歓待することであろう」
「チャド、ルークスリアはエルフの王なの」
「マーガレット、お前魔族やら竜人族だけじゃなくて、エルフの女王様とまで一緒にいんの?どうやったらそんな状態になるんだよ」
ルークスリアはずっと人王に王子との結婚を打診されていた。本当は行きたくもないだろうが、それを利用すればダーリエにも入れるどころかVIP待遇が待っていることだろう。
「でも、姉さんは良いとしても他の奴らは何て言うんだ。まさかエルフが1人でこんな人族に囲まれてきたなんて怪しすぎるだろ」
「ふむ。であれば、変装でもしてみるか?」
エルフと人族は、そんなに大きな特徴の違いはないそうだ。エルフの特徴としては、耳が尖っていて背がスラリと高く、そして、絶世の美男美女…ということらしい。
そう。絶世の、美男美女。
「うむ。ローブでも被ってみれば、案外分からぬものだな」
ルークスリアは目の前の二人を見て感心してみせた。
私から視聴覚室のカーテンを、チャドから使い古しのローブを借りて、イザークとカルヴィンはフードを被っている…ただそれだけである。
もともと整った顔立ちで背の高い二人は、耳を隠してしまえば条件から外れていないのだ。
「この程度って変装とすら言えないだろ」
「他種族に厳しいと言われるわらわの側に控えているのだから、それだけでも真実味があろう」
「んで、そっちはどうすんだ?」
チャドに指されたのは私だ。平均的日本人の身長に、平均的顔面偏差値。憐れむチャドに苛立ちが止まらない。
「どうせ美女ではないですよ!人族だもん!」
「かーわいそうになぁ、マーガレット。お前もこいつらといなきゃ、そこそこ可愛いんじゃねえの?」
そこそこって!どうせ言うなら可愛いって言い切ってくれるのが優しさじゃないの?
「獣人族が重視するのは顔の造形じゃなくて強さだ」
はいはい、そうですか。




