第73話 今後の流れ
同情はしないと言い切ったルークスリアだったが、さすがに顔がひきつった。どれだけ強く見せていても心を痛めていない訳ではないのだ。
「これ、静かにしなさい!」
「だって、また我慢するの?ひめみこさまが、アレがあればもう心配ないって言ってたのに」
母親が止めるが少年の言葉はよく響いた。そしてそれは、獣人誰もが考えていることだった。それぞれ顔を見合わせ、何とも言えない顔をしている。
「僕がここに残るっすよ」
そんな中で場違いに明るい声を出したのはハイノだった。
「え?」
「僕、知識はかなり豊富にあるっす。それに僕の住んでたとこも荒れた土地だったっすから、そういうとこで育つ作物とか知ってるっす」
獣人たちは皆ポカンとしてハイノを見つめるが、彼はお構い無しだった。
「そういうの、一緒に模索していけばいいっす。ここの土地は、まだまだ発展できるっすよ」
「ま、魔族なんだろ、お前…」
「そうっすよ。でも、僕が気持ち悪いのと貴方たちがお腹を満たすのは別の話っす」
ニコニコと毒気のないハイノに獣人たちは戸惑いながらも興味を示していた。何だか、こういうところでこんなことが言えるのはハイノの強みだと思う。
***
暴食の甕は手に入った。だが魔物の凶暴化にはまだ問題が残っている。エイブラハムを何とかしないと。そもそもの発端はあの商人が商談を持ちかけたことにある。
「今日はもう遅いです。泊まって明日、出発してください」
グラはそう言い、話が聞きたいとハイノを夕飯に招待した。ついでのように私たちも呼ばれたので、お言葉に甘えることにした。
「それで、どういうおつもりですか?」
食事の席につけば、開口一番グラはハイノに疑問を投げかける。
「魔族を長期滞在させるということは相当のことですから。貴方の真意を確認しないことには許可はできません」
それが確認したかったのだろう。グラは探るようにハイノを見つめる。そんなグラの考えを知ってか知らずか、ハイノは嬉しそうに答えた。
「僕は知識を集めるばっかりだったっすけど、必要としてる人のためにその知識を役立てるっていうのは、したことがなかったっす」
「はい?」
「僕、色んなこと知ってるっすけど、その知識を何かに役立てるってしたことなかったんす。だから、新たな発見になるし、この変な気持ちが何なのか分かるかもしれないっすから」
変な気持ち…一体ハイノは何を思っているのか。キャシーをずっと眺めていた時のハイノの顔が思い出された。
しばらく無言の時間が流れたが、最終的に降参とばかりにグラが折れた。
「やれやれ。結局、ルークスリアさんといい貴方といい、裏表ない真っ直ぐな者の言葉が一番、人には響くんですかね。姫巫女様もそうでした。私の言葉は届かずとも姫巫女様が言えば獣人は瞬く間に暴食の甕に手を出しましたから。王になったというのに、自信をなくしてしまいます」
肩を竦め、グラはハイノに微笑みかける。
「よろしいです。ハイノくん、貴方の滞在を許可しましょう。一緒にグラトナレドの発展に尽力してください」
ハイノの滞在は許可された。役に立てるよう買って出てくれてる人に上からだな、とは思ったけれど、魔族がこうやって滞在許可を出されること自体が特殊なことだろうから何も言うまい。
「そうか、ハイノはここに残るか。老が寂しがるな」
「ウォーレン老が?」
話を聞いていたルークスリアがポツリと呟く。それを拾ったイザークに、ルークスリアは頷いた。
「そうだ。老は話が長い故、若いエルフは逃げる者も多い。話をよく聞いてくれるハイノのことは気に入っていたのだ」
何ともほのぼのとした良いエピソードである。しかしそれに水をさすのはイーラだ。
「なーにを。寂しがるなんて白々しい」
「…白々しいとはどういうことだ」
「魔族って聞いて嫌悪感出してたくせになぁ。エルフなんて特に仲間意識が強くて他者が嫌いだろ」
イーラが行儀悪くナイフでルークスリアをさす。しかしルークスリアは怒りを我慢しながら反論する。
「それは・・・わらわの不徳の致す限りだ。しかし、エルフは内側に入れた者に対しては情が厚いのだ」
「内側に、ね。同族に対しての執着が強いエルフに、そんな情があったとは驚きだ」
「確かに、エルフで最も罪深い行為と言われるのが『同族殺し』と言われるくらいだ。しかし、何も同族のみに執着しているわけではない。エルフはただ仲間を大切にしたいだけだ」
チクチクと嫌みな奴である。こんな器で本当に魔族の王をやっていたのか。イーラは魔王だったとき暴君だったのではないかと思われる。
「そうだ。いかに魔族と言えど、一緒に過ごした仲だ。わらわ達もハイノのことは好いている」
エルフは長寿であるが故に、繁殖活動が乏しいらしい。そのため仲間をとても大切にする習慣があるそうだ。里の皆で家族のような繋がりを持っているようだが、ハイノはその中に随分と馴染んでいたようだ。
「それで、今後はどうされるんですか」
グラが話題を変えた。私たちは一度、互いに顔を見合わせる。
「わらわはエイブラハムの元へ行く。これ以上、魔除け薬をばら蒔かれては敵わぬからな」
一番初めに宣言したのはルークスリアだ。カルヴィンも同じくそれに乗っかった。何だかんだケンカが多い二人だが、よい関係が築けそうだ。
「俺はドワーフの元に行くぞ」
意外なのはイーラだった。てっきりこのまま行くのかと思いきや、彼はスロテナントに戻ると言う。
「約束を果たして秘め事を放棄させなければいけないからな。そちらのことは任せたぞ」
またアワーリティアに迫るのだろう。イーラは言い終わると私へと向き直った。
「それで、マーガレットは帰るんだったか?」
「私は…」
皆の視線が集まる。私は変に緊張しながら、ずっと考えていたことを話した。
「勝手で申し訳ないんだけど、私もエイブラハムを止めに一緒に行きたい」
スコットに言われたことをずっと考えていた。私は中途半端だったのだ。お世話になった冒険者のパーシヴァルたちやエルフのルークスリアたち。もしかしてちょっとくらい皆の役に立てるんじゃないかと自惚れて、最後まで責任を持つ気もないのにここまで一緒に来た。でも実際は何も役立ってなんていないし無理矢理連れてこられたんだって言い訳ばっかり。
そりゃ呆れられても仕方ない。でも、こんな中途半端で無責任なままでいたくない。
「魔除け薬についてここまで関わったんだから、私にできることなんて何もないかもしれないけど最後まで見届けたい」
もう中途半端になんてしない。私が決めて、私がやるんだ。
「そ。なら好きにすれば良い。ノートなら返しておいてやるからさ」
イーラはあのマル秘ノートを取り出すと、無造作に私に投げ寄越した。食事もあらかた終わっているとは言え、行儀の悪い。
「それじゃイザークもどうせマーガレットが心配だろうから一緒に行くんだろ。全員今後どうするかは決まったな」
「ちょっと待ってほしいっす!」
イーラが締めの言葉に入っていたが、ハイノから待ったがかかった。何事かと思っていたら、また好奇心に目を輝かせながら彼は宣う。
「みんな明日出発しちゃうなら、一個やりたいことがあるっす」




