第70話 卑怯な狐
やはり獣王は全てを分かっていてこの事態を起こしていたのか。
「『暴食の甕』っていうのは、ドワーフに聞いたわ。それを使って獣人が薬草を作り、人族に売っているって」
「そうですね。ドワーフに聞いたと言うのは、さしずめ『どうにかしろ』とでも泣きつかれたってところでしょうか?あの種族は本当に人任せにするのが上手い」
グラはやれやれと肩を竦めた。ちょっと話は違うんだけれど、そんなこといちいち訂正しているような場合じゃない。
「さて、と。それで、あの薬草を売るのは止めろと貴方達は止めに来たと。そういう認識でよろしいでしょうか?」
「その通りなのだ。分かっているのならば話は早い」
「丁度そろそろ危ないかと思っていたのです。良いタイミングかと思います」
「危ない?」
「ええ。そろそろ魔法生物以外にも影響が出てきてしまうかと思いましたので。ここら辺りが引き時かと」
魔法生物以外にも影響!?
それってつまり、人族やエルフや、色々な人たちも飢えに苦しめられるってこと?
「もちろん。逆に、なぜ魔法生物にしか効かないなどと思えるのですか?確信はありませんが、たぶんこの暴食の甕の水は魔素を取り込める者ほど強く反応するのでしょうね。ですからまず魔法生物が影響を受け凶暴化している。良かったですね、魔族はマグノーリェ大陸には実質立ち入れない環境ですので、影響を受けずに済んで」
何ていう奴だ。確かに、魔素の取り込みが得意な者・・・つまり魔法を使える者となれば、人族やエルフ、ドワーフなどにはあまりいない。魔族や竜人族である。だけどその二つの種族はドロデンドロン大陸のみで生活している。魔除け薬は人族が売り出していてマグノーリェ大陸のみで使用されているので今の所影響がなかったということなのか。
「そんな危ないもの、すぐにでも止めなさいよ!」
「そうですね。そうしたいのも山々なのですが・・・」
グラは突然芝居がかった様子でゴールデンイーグルに寄り掛かり、話し出した。
「その前に、獣人族について少々聞いていただきたいと思います。我が一族の哀れな過去です。我々はその甕がなくとも日々飢えに苦しみ、強き者のみ生き残り、弱き者は死んでいく・・・自然でありながら不器用な生き方をしてきました。この辺りは土地が痩せていて作物が育ち辛く、その草木を食べる動物が減り、その動物を喰らう動物が減る・・・と言った、悪循環に苛まれていたのです」
悲し気に縋りつくグラに、ゴールデンイーグルが気遣わし気に鼻を擦り付けている。だが見てるこちらからすると白々しすぎて仕方がない。
「しかし魔除け薬のお蔭でやっと食い扶持を確保できるようになったのです。それなのに、その魔除け薬を手放さなくてはならないなんて・・・また元の飢えに苦しみ弱き者を見捨てる日々が戻ってきてしまう。哀れだとは思いませんか?」
グラは一息つくとルークスリアへと視線を移した。
「ですので、我々に暴食の甕を放棄せよと言うならば、交換条件といたしましょう」
「・・・と言うと?」
「エルフが豊かな森を明け渡してくれれば、それだけで大丈夫です」
「何を言うか!森を明け渡すなど・・・エルフはご神木とその周囲の豊かな恵みを大切に守ってきたのだ。易々と獣人に荒らさせてなるものか!」
「その考えがまず愚かしいとは思いませんか?森を、自然を、エルフごときが守るなど・・・私に言わせればそれは烏滸がましい考えです」
「なんだと!?」
「森は強大にして無慈悲であり我々を生かしも殺しもします。エルフが守っていると思い込んでいるものは、自分たちの過ごしやすい環境というに過ぎないのです。変化していく森もまた、自然であると言うことを理解しないのは傲慢なエルフらしい考え方ですね」
ルークスリアはグッと眉間に皺を寄せ、黙ってしまった。そんな考え方はしたこともなかったので、私も何が良いことなのか分からなくなりそうだ。
「話が逸れてしまいました。とにかく、飢えに苦しみ獣人はか弱い子を何人も失ってきました。今までの獣王はそれが自然だと受け入れ、皆に強くあれと指導してきました。しかし私の考えは違います。私たちはもっと自然的でなく不自然に生きていい。弱い者たちを見捨て生きる力のある者だけが生きるのではない。私はグラトナレドに生きる弱き者たちをも生かしたかった。だから王になろうと決めたのです」
「なるほどな。グラよ、お前初めからそのつもりだったんだな?」
「初めから・・・?」
イーラが言った意味が理解できず、私は彼を見た。イーラはいつも通りのニヤニヤ顔だ。
「危険性を知っていながらあえて暴食の甕を使っていたのも、他種族にこうやって交渉して交換条件を突きつけるつもりでいたんだろう」
「とても聡明な少年ですね。どこかでお会いしたことがありましたかね?」
そうか。気づいた他種族が止めに来たら、止める代わりに獣人が食うに困らないよう何かしらを要求しようと、そういうつもりだったのか。
「ドワーフが来たら魔法道具で何か作らせようかと思っていたのですが、エルフが来てくれたのは好都合でした。狩場が増えるとなれば獣人族は皆納得するでしょう」
「お断りだ!そのようなこと、承知できるはずがあるまい」
「でも、獣人は納得しませんよ。我々だけ不利益を被るなど」
グラはキラリと油断ならない眼差しを向けてくる。
「獣人を生かすためなら、私は獣人が最も嫌う卑怯者にもなります。獣人にとっての強さとは『生き延びる力』でありそれは自らを自らで生かす術を持つことです。であれば卑怯であろうと卑劣であろうと私は強さを持って国を生かします」
困ったものだ。卑怯で嫌な奴だと思ったが、彼は王として国を守ろうとしているのだ。暴食の甕を破壊したら、あのタヌキ獣人の子が飢えてしまうのか?私は芋を分け合っていたあの笑顔の可愛い兄弟のことを思い出し戸惑っていた。
グラはゴールデンイーグルの背を軽く2回ほど叩き、巣に戻るよう合図を送る。ゴールデンイーグルは最後に頭を軽く擦り付けると羽根を広げて飛び立ち巣へと戻って行った。そうしてルークスリアが悩む姿を暫く眺めた後、妥協点を提案してきた。
「仕方ありませんね。では、チャンスをあげましょう。ひと勝負して、勝った方の条件を飲むと。そういうことでいかがでしょう?」
「・・・勝負?」
「ええ、そうです」
グラは巣に戻ったゴールデンイーグルを眺めると、再びこちらへと向き直った。
「獣人は力ある者を認めます。なので皆に認めさせてください」
その後、グラと共にグラトナレドへと戻った。もちろん驚き警戒する獣人たちだったが、グラが「大丈夫」と伝えれば一応は落ちつきを取り戻した。どうやらとても信頼されているようだ。
グラは何か側近の者に指示を出し、ドロシーとスコットを呼び出した。
「さて、この娘はこのグラトナレドで一番弓の扱いに、スコットは魔法の扱いに長けています。遠くに置いたリンゴをより射抜けた者が勝利というのはどうでしょう。この2人に見事勝利すれば貴方たちの要望をお聞きします」
こうして、獣人との対決を行うこととなった。




