第69話 獣王
私は思わずスコットを見た。見なければよかった。彼の顔には「信じられない」という驚きの表情が張り付いていて、私と目があった瞬間その表情は歪んだ。
聞かなくても分かる。「騙してたのか?」と問うような表情に、息を吸うのも苦しくなる。
「獣人族の者は速やかに避難を!慌てず落ち着いて、ここは鳩兵隊に任せてグラトナレド内に戻るように!早く!早急に戻るように!」
「スコット」
彼のチームメンバーが腕を引きスコットを連れていく。スコットは私を見つめていたが、諦めたようにその場を去った。
「魔族よ、何のつもりでグラトナレドに来たかは知らないけど、この鳩上等兵がもう好きにはさせないわ!この命散ろうとも、獣王が駆けつけるまでは誰1人この場から逃がすような失態はしないわよ!」
ババッと構えて鳩上等兵はこちらを威嚇する。獣王に出会う前に、失敗してしまった。
「ま、仕方ない。それに失敗とも言い切れないぞ。獣王はここに向かってくるんだろう?なら、まぁ結果オーライというやつだ」
そこに、この場にいないはずの声が聞こえてきた。祭りに参加しなかったイーラがなぜかこの場にいたのだった。
「イーラ、何でここに?」
「鳩兵隊が突然うるさく魔族出現の伝達を行っていたからな。グラトナレドは今、大パニックだ。俺もあのままあそこに残っていると不味いと思ったからな。早々に抜け出してきた」
どうやらグラトナレド中の獣人に知れ渡っているらしい。イザークの言葉に鳩上等兵が叫んだ。
「貴方たち、獣王が目的なの!?」
「いや、違うぞ」
「え?違うの?」
「ああ、獣王の持っているものが目的だ」
「?…それってやっぱり、獣王が目的と変わらないわよね!」
イーラは鳩上等兵をからかうようにテキトーなことを言う。ペースを乱されていた鳩上等兵だが、再び威嚇してくる。そして、近くにいたルークスリアに近づいたところだった。
「ここで魔族相手に耐え抜けば昇格昇進に鳩参謀からのお褒めの言葉をいただけるかもしれない!もちろん指命を全うする熱き気持ちもあるけれど…きゃっ!」
突如バサバサと羽音とともにゴールデンイーグルが降り立った。そしてルークスリアと鳩上等兵の間に立つと鳩上等兵を睨み付け威嚇する。
「な…な…なぜゴールデンイーグルが?やはり魔族は魔法生物を使役するのね、卑怯者!そんな魔法を使えることだって反則であろうに、さらにゴールデンイーグルを使役するなんて!絶体絶命のピンチ!鳩参謀、ここで朽ち果てたら私のことを少しは思ってくれるようにならないかしら?」
「いちいち話が長いな」
更なる不利に動揺する鳩上等兵だが、一体なぜ?ゴールデンイーグルの突然の行動に、こちらもなぜだか分からない。
「もしかして、さっきイザークさんとルークスリアさんが自分を庇ったって分かったんじゃないすか?」
「え?」
「だとすれば随分と情に厚いタイプっすね」
ハイノがそう予想している間に、ゴールデンイーグルはルークスリアの側に寄り添った。ルークスリアがそっと手を伸ばすとその手も受け入れ触れることを許す。
「雛を守るために攻撃してくる者には反撃していただけだ。森の主と言われ狙われていたが、元々心優しいのだな、そなた」
ルークスリアは慈しんでその身体を撫でる。ゴールデンイーグルは気持ち良さそうに目を細めた。そして自身の羽の付け根に顔を埋めると、1枚の羽根を抜き取りルークスリアへと差し出した。
その羽根はゴールデンイーグルの身体からはかけ離れた、黄金に輝いていた。
「鳩上等兵」
「獣王様!」
ルークスリアがその羽根を受け取ったとき、彼は現れた。鳩上等兵の声につられて目を向けると、そこには私の予想とは違うヒョロッとした獣人がいた。
狐の獣人。意外にも彼が獣王らしい。力を重視する獣人だからてっきりもっと…ライオンだとか、肉食系の獣人が王なのかと思っていた。
「よく持ちこたえてくれましたね。ここは私に任せてグラトナレドへ」
「でも獣王お一人で…!?」
「私は大丈夫です。獣王となる者はその実力を皆に認められた者ですよ」
獣王を1人残すことに躊躇する鳩上等兵だったが、「君の頑張りも鳩参謀に後に伝えておきましょう」と言われれば舞い上がって戻っていった。
そして、この場には私たちチームとイーラ、そして獣王の7人だけが残った。
「やれやれ。来ると思っていましたよ、皆さん。予想より少しは早いですかね?」
「え…?」
「どういうことなのだ?」
突然の獣王グラの発言に意味が分からず首を傾げる。私たちの目的が分かっているということだろうか。
「少し話しましょうか」
読めない表情だ。グラが近づいてくると、ゴールデンイーグルが短い鳴き声をあげ、嬉しそうに近づいていった。そして、グラに身体を擦り付けている。
「ゴールデンイーグルは元々大人しく人懐こい性格の生き物です。この辺りには生息していなくて、最近遠くの森から流れてきたのです。自身に攻撃する者には反撃を、自身に友好的な者には友愛を示します。グラトナレドの者たちはそれを知らないのです。後から来た貴方たちが気づいて羽根を受け取るなんて、やはり獣人は観察力が足りないようですね」
「大人しく人懐こい性格って知ってたなら、なんで収穫祭でゴールデンイーグルを狙わせるような催しをしたのよ…」
「もちろん私の地位を不動のものとするためです。私以外でゴールデンイーグルの黄金の羽根を持ち帰る者はいないだろうと思っていたので」
グラの発言に思わず眉間にシワが寄る。つまりこの獣王は仲間である獣人たちを騙して王の座についたと言うわけか。
「何が言いたいか分かりましたか?獣王は最も力ある獣人がその座につくのですが、私はご覧の通り知恵のみでのしあがった者です。ですので、力に関しては自信がありません。戦いは好みませんので、ここは話し合いで解決しましょう」
「だから獣人はみんなこの場から遠ざけたんすね」
「そちらもムダな争いは望まないでしょう?」
ペラペラ喋ると思ったら、どうやら戦うことは避けたいがために腹の内を見せてきたらしい。しかしながら、こんな卑怯な奴が王だなんて。
「戦略家と言ってください。私は獣人を導きたいだけなのです」
「しかしそのように皆を騙して国の主導者としていかがなものか」
「エルフが普段どのように国を治めているのか知りませんが、全て正直に話すことが国の為になるかと言えば、そうではないのではないですか?」
責める私とルークスリアの言葉に全く動じず、グラは飄々としている。
「そんなことより、貴方達は私に会いに来たのでしょう。ご用件は魔女の秘め事のことでしょうか?」
「・・・分かっているのね」
「やはりそうですよね。そろそろその件でどこかしらの王が苦情の一つでも言ってくるのではと思っていたのです。予想ではドワーフ族が来るのでは、と思っていたのですが、相変わらず臆病な種族ですよね」
グラはカラカラと笑いゴールデンイーグルを撫でる。何て言う性格の悪い奴だ。
「ご存知か知りませんが、我が獣人が賜った秘め事は『暴食の甕』。この甕から生まれし水を飲んだものは極度の飢餓状態に陥ります」
暴食の甕…今は、この甕の水で育てられた薬草が魔法生物暴走を引き起こしているのだ。




