第66話 兎獣人
短い尻尾と長い耳。
活発そうな無邪気な少女と、ツンとした表情の生意気そうな少女は、多分兎の獣人である。
「よかったぁ。わざと痕跡を残してここまで誘き寄せた訳だけど、このくらいの追跡技能は持っていてくれたみたいで、ちゃんと引っ掛かってくれたんだね!」
「ちょっとキャシー、失礼よ。相手は森で生活してる、自称ご神木の守人のエルフなのよ」
「だってドロシー。あーんなお高くとまってるエルフだもん。過酷な森の中を生きていけるのかって疑問じゃなーい?」
ルークスリアを見ながらキャシーとドロシーは煽ってくる。そしてそれは効果覿面で、ルークスリアはまた鬼のような形相へと変わっていた。
「我が一族を愚弄することは許さんぞ」
「お言葉ですけど。そっちこそ、獣人のこと見下してるんじゃないの?」
「そうだそうだー。何でエルフ族が獣人の祭りに悠々と参加してるんだー」
私は飛びかかって行きそうなルークスリアを抑える。獣人の少女は距離を詰めてくることはせず、ひたすら口撃をしてくる状態である。ルークスリアが「見下してるだと?」と繰り返すと、ドロシーと呼ばれた兎獣人がキャンキャンと甲高い声を上げる。
「そうよ!私たち、ずっと貧しい思いをしてきたのよ!森の狩り場を広げようとすればエルフがやれ『神聖な場所だ』だの『森を荒らすことは許さない』だの!やっと自分たちの食い扶持に困らなくなって、それを祝う祭りを行ったら、それにエルフの女王が参加してくるって。一体どんな神経してるのよ!?」
「そちらの事情をエルフのせいにされては敵わん。国が貧しいからと言ってその責任をこちらに擦り付けるのは止せ!」
「エルフのせいにするなって、意地悪してきたのはそっちでしょー!」
「あんたらが森を独占しなきゃ私たちはもっと早く苦しみから解放されたのよ!」
「エルフは森の恵みを独占などしていない!神聖な地を守っていただけでそこからの恩恵を独り占めしていたなどという事実はない!」
ルークスリアはカンカンである。もちろん獣人女子もカンカンだが。
キャシーとドロシーは背中合わせに構えると、こちらに向かって宣言する。
「とにかく、あんたたちにはここでリタイアしてもらうわ!」
「私たち兎娘3姉妹が相手だー!」
「3姉妹って、2人しかいないのだが」
カルヴィンが何気なしに突っ込みを入れる。それを聞いてちょっと恥ずかしげな表情を浮かべるキャシーの横からドロシーは叫んだ。
「本当は3姉妹なのよ!今、お姉は留守にしてるだけ!」
「そうだそうだ。お姉がいなくったって、私たちだけで何とかできるんだから」
「お姉さんは留守にして、一体どこにいるの?」
私が何気なく疑問を口にすると、2人は誇らしげに胸を張った。
「お姉は今、一族の使命を負って、姫巫女様の護衛をしてるんだから」
「とってもすごいことなのよ。お姉は私たちの誇りよ」
兎の獣人。姫巫女の護衛。
そうなってくると、それって私の知ってる獣人ではなかろうか?
「2人はナンシーの妹なの?」
「お姉を知ってるの!?」
まさかここで名前が出てくるとは思っていなかったらしく、キャシーとドロシーは動揺を見せる。そりゃ知っていますとも。一緒に働いていた仲間だったから。
「前にゾンネンブルーメで知り合ったから」
「うそ、うそ。お姉はどうだった?元気にしてる?」
「活躍目覚ましいことでしょ。だってお姉のことだもの」
目をキラキラと輝かせながら2人はナンシーの様子を知りたがった。どうやら姉妹仲はよろしいようだ。
「マーガレット」
何だかちょっと共通の話題が見つかって盛り上がれそうな気がしたんだが、イザークが窘めるように名前を呼んできた。カルヴィンも隣で呆れた表情を作っている。
そんな顔されたって、だったらあんたらがこの2人をどうにかしてくれよ。
「いい加減、遅れを取り戻さないと優勝など勝ち得ないのだ。獣人よ、退くが良い」
「あら、あんたたちなんかに優勝は渡さないって。私たちずっとそう言ってるでしょ?」
「そうよ。所詮エルフ族と人族。魔法も使えないんだから、負ける気なんてしないもん」
キャシーとドロシーは再び構え攻撃態勢に入った。やはり簡単に通してはくれないらしい。
「甘く見てくれるなよ。それがし、魔法を使えなかったとしても負ける気はないのだ」
カルヴィンはふっと余裕の笑みを見せると、突然地を蹴った。地面は抉れ、カルヴィンの体は数メートル離れたキャシーとドロシーの所まで簡単に近づいた。
「うそ!?」
速さに自信を持っていたのだろう2人が慌てて距離を取ろうと飛ぶが、キャシーの方はカルヴィンに捕まってしまった。
「いやーん、ドロシー!助けてー!」
「キャシー!おのれ・・・!」
カルヴィンはキャシーを地面へと簡単に抑え込んでしまった。力の強い獣人族の彼女でも跳ね除けることはできないようだ。彼女たちは人族と思っているが、カルヴィンは能力値の高い竜人族なのだ。この結果も仕方のないことだろう。
ドロシーは間髪入れずにキャシーを助けようと走り出した。しかし、そこにイザークが現れて行く手を阻む。
「邪魔よ!」
ドロシーが勢いを殺さぬまま獣人特有の脚力を活かした蹴りを入れると、イザークはそれを受け流し襟元へと手を伸ばす。そして襟を掴むとそのまま背負い投げの要領でドロシーを地面へと叩きつけた。女の子相手でも容赦なしである。
「さすがラースラッドの悪魔っすね」
「何それ・・・?」突然、ハイノの呟きに驚き聞き返す。
「イザークさんが昔呼ばれてた異名っす」
何だか嫌な異名である。インキュバスのジークベルトのことを思い出した。彼は悪魔と呼ばれることは嫌がっていた。それを呼ぶことは明確な悪意が存在するのだろう。なら、なぜイザークはそう呼ばれていたのか?
しかし、私がそれ以上考える前にルークスリアが一歩進み出た。
「質問がある。答えろ、獣人よ」
倒れたドロシーを見下ろし呼びかける。悔し気な表情のドロシーは反抗することはせずに様子を窺っていた。
「ゴールデンイーグルについて、獣人はよく知っているようだな?開始の合図早々、あんな簡易的な地図であったにも関わらず一斉に森へと走り込んでいた。知っていることを教えてもらおう」
「あー、ドロシー!言っちゃダメダメ!こんな奴らに優勝は渡せないよ!」
「バカ、キャシー!黙って!」
ドロシーはキャシーを黙らせたがすでに遅い。獣人はゴールデンイーグルについて何か前情報があったということか。ルークスリアはドロシーから一切視線を逸らさず続ける。
「隠すでないぞ、獣人よ。あっちの娘がどうなるか分からんぞ」
ルークスリアがそう言ったと同時にカルヴィンは締め上げる手を強めた。あんなにケンカしてた2人だけど、なかなかの連係プレイではないか?キャシーが「痛い、痛い」と声を上げるとドロシーは観念したように話し始める。
「・・・この辺りでは、『森の主』の座を魔法動物たちがいつも奪い合っているのよ。強い魔法動物がこの森の主として君臨するの。最近代替わりしてこの森に君臨しだしたのがゴールデンイーグルなの」
獲物も少ないこの近辺の森ではずっと魔法動物たちが頂点は誰なのかを常に弱肉強食の中で奪い合ってきたらしい。
「今まではすぐに交代して次から次へと森の主としての魔法動物は変わっていたわ。でも、ここ最近あのゴールデンイーグルがその座について、不動の地位を手に入れたのよ。どの魔法生物も敵わない。そんな状況ではさらに力をつけられるとグラトナレドが危うくなってしまうから、収穫祭に乗じてどちらの力が上かを示してやろうって話になってたの」




