第62話 貝合わせ
私は目の前に貝殻を置くと、その表面をノックする。
すると貝殻はフルリと震え、段々とその振動を大きくしていく。私がじっとその様子を窺っていると、その内口はパカッと開いて止まり、次の瞬間、まるで貝殻が喋っているかのようにその口を開閉し始めた。
『あー、あー。こちらはルークスリアだ。マーガレットか?』
「ルークスリア、久しぶり。マーガレットです」
開閉する貝殻の口から聞こえてくるのは美女エルフ・ルークスリアの声だ。私は懐かしいその声に思わず笑みがこぼれる。スコットと食事を終えた後、私たちは宿を取った。そうして、部屋へと入ってからすぐに私は貝合わせを使ってルークスリアに連絡を取ったのだ。
『無事だったか。良かった、安心したぞ』
「ありがとう。ルークスリアはその後、変わりない?」
簡単に挨拶を済ませると、私は早速本題へと入る。
「前に話していた魔物の凶暴化の件だけど、情報が入ったの」
『マーガレットもか。実は、こちらもようやく人族が口を割ってな。こちらからもそのことで連絡を入れようと思っていた所だ』
ついに人王の使者が口を割ったらしい。それなら話が早いと、私は話を進める。
「どうやら獣人族と人族が関わってるらしくて。とにかく今、その原因を作り出してるグラトナレドに来てるんだけど。どうも人族の商人が獣人を唆して、魔物が凶暴化するような魔除け薬を作らせているらしいの」
『そうか。こちらも確認したが、ゾンネンブルーメのエイブラハムという商人が取引には関わっているらしい。王国もその商人から買い付けているとのことだ』
ルークスリアは大分使者から聞き出しているようで、彼女が知り得た情報を教えてくれる。何となく分かってはいたが、やはりあのエイブラハムが関わっているようだ。
「それじゃ、やっぱり人王がエイブラハムに言いつけてこんな商談を行わせているのね。許せない」
『いや、待て。わらわの聞いた話では、どうも王にこれの存在を知らせ、売ろうとしたのはエイブラハム自身だったらしいんだ』
「え?」
『人王の使者が言うには、奴はある日突然現れて王に「良い薬がある」とその薬草を持ってきたらしい。人王も初めはあしらっていたそうだが、奴が「この薬の真の秘めたる効果を王以外が知るのは得策ではない」と言った時から人王の顔色が変わったということだ』
それってつまり、最初から魔女の秘め事のことを知っていてエイブラハムは王にこの薬草を持って行ったってことか。魔女と王のみが知り得る秘め事を、どうしてエイブラハムが知ってるの?まさか、獣人族もあまりこのことについて重要視していなかったし、もしかしたらどこかの王が漏らしているのか?
「魔女の秘め事は、一体今どうなっちゃてるの・・・?」
『その、そなたの言う『魔女の秘め事』とは一体、何なのだ?わらわには、さっぱり分からないのだが』
驚くことに、エルフの女王であるルークスリアであるが、彼女は魔女の秘め事について何も知らないらしい。彼女の母は突然死んでしまったということだったし、もしかしたら伝えることができないままだったのかもしれない。
『あー、ルークスリアさん。何やってんすか?』
『な!?よせ、ハイノ!邪魔をするな!』
『珍しい魔法道具持ってるんすね。僕にも貸してほしいっす』
『遊びではないんだぞ!』
『もちろん僕も遊びじゃないっすよ。知的好奇心を満たしてるだけっす』
突然、緊張感の欠片もない声が横入りしてきて、そのままルークスリアは貝合わせを取られたらしく明るい声が貝殻からは響いてきた。
『こんにちはー。マーガレットさんすか?』
「ハイノ、何してるの」
『何だかルークスリアさんと面白そうな話してるじゃないっすか。魔女の秘め事が関わってるんすよね?まだそれについて、僕は何の情報も得られてないっすから。僕もグラトナレドに行きたいっす』
どうやらハイノはあれ以来、ラスタリナに居着いているらしい。どうもウォーレン老の豆知識を気に入っているらしく、毎日老の所に赴いては色々な先人の知恵とも言うべきものを披露してもらっているようだ。そうして、老が狩りなどで里の外へと出向くと暇になるらしく、ルークスリアに絡んでくるらしい。
「エルフの里でだって、色々面白い話があるんじゃないの?」
『でもルークスリアさん、魔女の秘め事なんて持ってないって言うんすもん。僕が今一番知りたいのは、このことなのに』
一体エルフの秘め事はどこに行ってしまったのか。それはもう誰にも分からないことだった。ハイノはルークスリアに聞くと言う当てが外れて、次はグラトナレドに来たいと言う。
『それに、今の時期は獣人族の収穫祭があるんすよね。僕、一度それも見てみたいと思ってたんす』
『ええい、返さんか、ハイノ!・・・すまない、マーガレット。何の話をしていたかな』
再びルークスリアが貝合わせを取り返したようだが、大分疲れたような声音だった。
『わらわは奴が満足するような珍しい知識など持ってはおらん・・・』
「なんか、ごめんね。ルークスリア・・・」
なんだか面倒な人物を押し付けてしまったようだ。最も、ウォーレンは老人の長話に付き合ってくれるエルフがなかなかいない中で、喜々として話を聞いてくれるハイノを随分と気に入っているらしいのだが。
『それで、連絡を取ってきたと言うことは、まさかただの報告だけではあるまい?何かあったか?』
「うん、そのことなんだけどね・・・」
やっとこの話の核心に振られるべく私は仕切り直す。「お願いがあるの」と真剣に伝えれば、ルークリアは真剣に聞いてくれる。
「収穫祭に、一緒に出てほしいの」
『なるほど、そうか・・・て、何だと?』
思わぬノリツッコミ。ちょっと怒る前に、聞いてほしい。
「おい、おい。いつまで話してるんだマーガレット。いいから早くグラトナレドに来てくれと頼めばいいだろう」
「ちょっと・・・」
あまりに無駄話の多い私に焦れたのか、イーラが横から口を挟んできた。これは私に任せてほしいと、あれほど先に言っておいたのに!
『・・・誰だ?ナイトでも、イザークでもないな』
「俺が誰かなんて、些細な問題さ。それよりも、魔女の秘め事・・・もしくは魔物の凶暴化でもいい。これを食い止めるために必要なことだ。誰でもいいからグラトナレドに応援に来てくれ」
イーラは勝手にルークスリアに注文をつける。聞き慣れない声に不信感を抱きながら、ルークスリアはイーラには応えず私へと疑問を投げてくる。
『収穫祭で何かあるのか?それがなぜ魔物の凶暴化を食い止めることに繋がるんだ?』
「ごめんね。順を追って説明しようと思ったんだけど・・・獣王に会うために、収穫祭に参加しなくちゃならないの」
私たちはどこから来たとも分からない旅の者だ。さすがに、そんな身元も不明な他種族を王に簡単に会わせてくれるほど、獣人族も呑気ではななかった。ただし、収穫祭において行われる催し物で勝ち進めると、王から直々に褒美が与えられると言うのだ。
「それには、参加人数が5人必要なの。助けてもらえないかな、ルークスリア」
『そういうことか・・・』
ルークスリアは、すぐに旅支度をすると了承してくれた。私は安堵し、お礼を伝えて通信を絶つと、キッとイーラを睨みつけた。しかしやはりとも言うべきか、イーラはどこ吹く風であった。




