第58話 強引
「あんたもこれ以上獣人族が暴走するのは見ていたくないだろう。それをこっちが引き受けると言っているんだ。それ相応の代償を支払ってもらわなきゃ、割に合わないというものだ」
イーラがその小さな体で尊大にそう宣えば、アケーディアは眉間にぐっと皺を寄せながら唸りだした。そして相当悩んだようだが上手い反論も思い浮かばなかったらしく、ぐったりと肩を落とした。
「イーラよ、お前さんは何も分かっていない。お前さんがやっていることというのが、どれほど無意味で愚かなことかと言うことを」
「何を言う。必ず全ての王から秘め事を放棄させてみせるぞ。俺は自分の秘め事もすでに放棄した。これが何よりの決意の証だ」
イーラは真剣な眼差しでアケーディアへと訴えたが、アケーディアはため息をつき首を横に振るだけだった。
「それこそが愚かなのじゃ。お前さんは、本当に何も分かっていない」
「どういうことだ?」
「ちょっと、待ってもらえませんか」
あまりに頑なアケーディアを不審に思い問うイーラだったが、その疑問は答えられることなく止められた。今まで大人しかったブルクハルトだ。彼は小さく震えながら、信じられないとでも言うかのように顔色も真っ白に血の気が引いていた。
「魔女の秘め事?7種の王に配られた7種の強大な力?そんなものが存在して世界は均衡を保ち、今は仮初めの平和が保たれていると?」
初耳らしいブルクハルトは動揺しながらそう聞いた。イーラが「その通りだ」と頷けば、よろりとよろけながらもさらに疑問を投げかける。
「それで、イーラ様は、そのお力を放棄されたと?そう仰るのですか?」
「ああ。それは破壊した。そんなものは存在する必要がないからだ」
「そんな・・・」
ブルクハルトの驚きは、何となく察せられる。彼の悲願は魔族の復興だ。しかし現実は、魔族だけ『使い方を誤れば様々なものを死に至らしめる罪深い力』を失っている状況なのだ。そんなの、他の種族に攻め入られればたちまち滅んでしまうだろう。
「それで・・・それで、イーラ様は一体、どんな秘め事をお持ちだったんですか?一体、どんな力を・・・」
「そんなことを気にする必要はないだろう。あれはもう、無くなったものだ」
「俺も知りたい!一体、どんな力だったんだ?」
素気なく返すイーラだったが、目をキラキラと輝かせるナイトにも追随され、やれやれと肩を竦めながら答えるのだった。
「魔王に贈られた秘め事は『憤怒の義眼』。遠く見渡すことのできる、世界を見通せる義眼だったよ」
「見渡す・・・?」
「それで俺は、この世界の真理まで見通していた」
それで彼は、歴代最強の力を手に入れていたのだろうか。真理まで覗きこんでいたら、確かに魔法の力も絶大なものになってしまいそうだ。
興奮して「すごい!」とはしゃぐナイトとは真逆に、もうブルクハルトは衝撃が凄すぎたのか喋ろうともしなかった。ただ静かに固まり、ピクリとも動かない。しかしそんなブルクハルトのことは気にも留めずイーラはまたアケーディアへと向き直る。
「とにかく俺は、秘め事はこの世界に不要な物だと考えている。だからこそ全ての秘め事を各王には放棄させ、この世から完全に消す心積もりだ。その考えは魔王の座から辞した今でも変わらない」
「そんな話はわしにせんでくれ。いくらお前さんがわしを説得してこようとも、わしはその考えに賛同する気はない」
イーラはやはり拒否の姿勢を崩さないアケーディアに「参ったな」と降参のポーズを見せる。しかし諦めることなく次の案を提示するのだった。
「よし、とにかく先ほど言った通りまず獣人族の秘め事を何とかしてこよう。それを無事破壊して来たら、アケーディアよ、もう少しは前向きに検討してくれ」
「そんな無茶を・・・」
「とにかくまず、行動で示すことが重要かと思ってな」
「何と言われようともわしは・・・」
「感銘を受けたのだ!」
ニコニコと強引に話をするイーラに、ほとほと困りながら拒否しようとしただろうアケーディアは、しかし最後まで言わせてはもらえなかった。今度横から入ってきたのは、ブルクハルトより先に衝撃を受け固まっていたカルヴィンだった。カルヴィンはボリュームを間違えた大きな声を出すと、イーラの元へと近づいていった。
「それがし、平和を愛する身として魔王イーラのその心意気に深く感動したのだ!」
「前代な。もう俺は魔王じゃないぞ」
「ぜひその秘め事を放棄させるための旅、それがしも同行させてほしいのだ。それがしも話を聞く限りそのような力は真の平和の為にも不要な物と考える。それがしも何とかそれを手伝いたいのだ」
元気を取り戻したカルヴィンはイーラの手を取り熱弁した。イーラはそれに喜ぶでもなく、注意深くカルヴィンの本気度を量っているようだった。
「いいのか。そうすると、竜人族の秘め事も破壊しに行くことになるんだぞ」
「・・・世界に不要な物なのだろう?それならば、竜人族にも不要な物なのだ」
しばらく様子を窺っていたイーラだったが、信用することにしたらしく「分かった」と頷いた。何だか訳が分からないけれど、イーラに協力者が増えたようだ。良かった良かった。
そうして私が呑気に事の成り行きを見守っていた時だった。イーラは私の所までやってきて何故かぽんと肩へと手を置いてきた。
「そういう訳だ。次の目的地は獣人族が領土、グラトナレドだ。色んな地域を回れて楽しいな、マーガレットよ」
「は・・・?はぁ!?」
何それどういうこと!?
「私たちはもう言われたことはしたわ!帰るわよ!」
「はっはっは。ちょっと寄り道するくらいどうってことないだろう」
「ちょっと寄り道って、私たち竜人族まで相手にしたんだからね!約束はちゃんと守ってよ!」
なんて奴だ。これ以上私たちを巻き込もうったってそうはいかない。
しかし私がいくら怒鳴ってもイーラには全く通じなかった。
「俺は魔族だ。今協力を申し出てくれたカルヴィンだって竜人族だしな。ただでさえドロデンドロン大陸を出ると魔族にも竜人族にも風当たりが強いのに、マグノーリェ大陸に長居するとなれば隠れ蓑くらい必要だろう。人族のマーガレットが一緒にいてくれたら、とても心強いというものだ」
「だから、そんなこと言ったって何の役にも立たないわよ。それに、魔族と一緒にカトライア大陸を旅するってなると相当危険なんでしょ?そんなことに巻き込もうだなんて・・・イザーク、何とか言ってやってよ!」
いきなり振られたからかイザークはビクリと体を震わせて、そしてゆっくりと視線を逸らしていった。なんだってここに来て急に裏切るんだイザーク師匠。いつもみたいに助けてよ!
「それだけじゃないぞ・・・なぁ、ブルクハルトよ」
「はい・・・何でしょうか」
「ナイトを連れて城へと戻ってくれないか?」
意味の分からない話だが、ブルクハルトはイーラが何を言わんとするのか察したらしく「かしこまりました」と一礼した。一体何をかしこまったんだか、イーラはナイトへと声を掛ける。
「喜べ。ブルクハルトが直々に魔法の訓練を行ってくれるぞ。魔素のコントロールもできないまま元の世界に帰ったら、今度はそっちの世界で魔素が暴発しかねないからな。どうだ、思いやり溢れる配慮だろう?」
「魔法の訓練ができるのか!?」
どの辺が思いやり溢れてる配慮なわけ!?ナイトは喜んでないでもっと怒りなさいよ!
しかし私の不満なんて、誰も聞いてはくれないようだった。




