第56話 隠し事
「サラ、一体どこにそんなものを・・・」
「ロニー、貴方達は彼女の魔法道具を全て破棄したつもりでいたんでしょう。でも私たちは何とか少しでも多く彼女の作ったものを残しておこうと手分けして隠していたのよ。こんなところで使うことになるなんて、思わなかったけど・・・」
あの大人しそうなサラがキッと睨みつけるようにロニーやアケーディアを睨みつける。彼女の周りには同じく数人のドワーフ女子がいて、それぞれにオドロオドロシイ見た目の魔法道具を構え立っていた。
「おい、その武器をおさめろ。俺は武器を向けられて黙っているほど大人しいつもりはない」
「魔王よ、あなたを信用することはできない。何を企んでいるかは知らないけれど、もう竜人と共にこの里から出て行ってください」
「勘違いするなよ。俺は信用してもらおうなんて思っている訳ではないし、決してお前らに命令されて大人しく聞くような立場ではない」
さすがにイーラが不快そうに顔を歪めた。サラたちの表情にも緊張が混じっている。これに慌てたのはアケーディアであった。
「止めるんじゃ、イーラだけはいけない。イーラよ、わしはお前さんと戦いたい訳ではない。ここはわしに免じて竜人ともども退いては・・・」
「だから、勘違いするなと言っている」
イーラは完全に苛立ちをその表情に現し、声を低くしてアケーディアへと言葉を発する。緊張感の走る中、ブルクハルトだけが嬉しそうにその様子を見守っていた。
「俺はお願いする立場でも頼む立場でもない。お前たちに指図される筋合いなどない。お前たちドワーフのために竜人をどうこうしようとも考えないし、自分のことを分かってもらおうとも思わない。俺は今、この場でドワーフと話をするのに邪魔だから竜人を抑えているだけだ。良いか、俺はずっと話をしているだろう、アケーディアよ」
力が入ったのかカルヴィンがより一層苦しそうに唸った。見れば、身体が僅かに地面にめり込んでいる。まるで見えない重力に押しつぶされているかのようだ。
「魔女の秘め事を放棄せよ。これはお願いでも頼み事でもない。警告だ」
「こんな大勢の前でその話は・・・」
「この世に必要のないものだ。王だけが知っていることも意味はない」
イーラは「攻撃を行ったら次はない」と言い聞かせカルヴィンを開放すると、アケーディアの前へと進んだ。訳の分からないドワーフ族を尻目にイーラは無表情で説いていく。
「これ以上逃げるな、アケーディア。いずれ俺は全ての王の元にある魔女の秘め事を破壊するつもりだ。遅かれ早かれ皆これを手放すことになるんだ」
「・・・なら・・・それなら、ドワーフではない。お前さんはもっと先に対処すべき種族に気付いていない」
「なんだ?」
「全ての王に放棄させるつもりなら、まずは獣人族を何とかしてみせよ!」
逆切れよろしくアケーディアは叫んだ。それから堰を切ったようにアケーディアは喋りだす。
「わしらの秘め事は、他種族にも迷惑をかけず、一番無害な秘め事じゃ!それなのに、なぜわしらが放棄せねばならんのか!もっと、今一番狂っていて、有害なものをどうにかすべきではないか!」
「何の話だ」
「獣人族じゃよ!」
アケーディアは怒りで顔を真っ赤にしながら、突然こちらへとずんずんと近づいてきた。そして「人族娘よ」と私の前に来るとその短い手を差し出してくる。
「旅に出ているのであれば、どうせ持っているじゃろう。アレを貸せ」
「アレって・・・?」
「魔除け薬じゃ。アレを貸してみせよ!」
あまりの剣幕にタジタジになりながら、前にゾンネンブルーメにてインキュバスのジークベルトから贈り物として受け取った魔除け薬を取り出した。アケーディアは奪うようにそれを手に取ると、イーラの目の前に突きつけた。
「こんなものが出回っていて、魔物が凶暴化までしているのに、何故わしらが秘め事の放棄をせねばならんのじゃ!」
「どういうことだ?・・・いや、まさか・・・」
途中からイーラの表情は驚きに変わる。アケーディアは忌々し気に魔除け薬をイーラへと押し付けた。
「これは獣人族の秘め事から作り出された薬じゃ。『暴食の甕』・・・この甕の水で育てられた薬草を煎じて作った薬じゃ。どうなるかなんて、自ずと答えも分かってこよう」
「まさか、この魔除け薬・・・」
イーラの表情は驚きから焦りへと変わっていた。何か分かったらしいが、周りの私たちにはさっぱりである。そうして、怒りに身を任せていたアケーディアであったが、ドワーフたちからの視線を再び思い出したのか、声のボリュームを下げイーラへと懇願した。
「もう止めてくれ。皆の前でこんな話をしたくない。せめて場所を移させてはくれんか」
「アケーディア様!どういうことなんですか?何の話をしてるんですか?」
「サラよ、お前たちは少し待っていてくれんか。きちんと後で・・・説明をする」
その言葉が本当かどうかは分からない。しかし、やはりアケーディアはみんなの前で秘め事の話をするのは嫌なようだ。それを聞き、また人型に戻ったカルヴィンが声を上げた。
「待ってほしいのだ!それがしもその話を聞きに鉱山から下りてきたのだ。イーラよ、それがしにも聞かせてほしい。同席させてほしいのだ」
アケーディアが顔を歪めるが、イーラは少し考えてから「構わない」と告げた。そして私たちの方にも視線を向けた時には再びあのニヤニヤ顔に戻っていた。
「マーガレット、ナイト。お前たちも来るか?別に俺はアケーディアとは違って隠すつもりがない。お前たちも同行したいなら来るがいいさ」
「イーラよ、お前はその内魔女に呪われるぞ」
「ハッ。呪うなら呪えば良い。俺はそれでも止めるつもりは無い」
恨みがましいアケーディアの言葉を聞き、イーラは鼻で笑った。
イーラが私たちやカルヴィンに聞いて良いと言ったせいでドワーフ族のみんなが戸惑っている。それもそうだ、自分たちには「後で」と言われているのだから、ドワーフ族が不満に思わないはずがない。ロニーなどは目に見えて苛立っている。イーラはそれも狙ってこうやって言ったのかもしれない。
「俺様達も聞きに行くぞ、マーガレット」
そしてナイトは何を期待しているのか目をキラキラと輝かせながら興奮気味にそう言った。また彼の中で何かがヒットしたのだろう。魔女とか秘め事とか、その響きが良いのかもしれない。
まぁ、とにかくドワーフと竜人のいざこざはこれで方が付いたし、後はイーラに帰り方を教えてもらえれば元の世界に帰れるわけだ。ならまぁ少しくらい寄り道の気持ちで話を聞くのも良いだろう。ちょっと気になるというのも本音ではあるけれど。
それから私たちはまた初めに案内された寄合へと場所を移した。最後までドワーフたちの戸惑いの視線を背中に感じてはいたが、アケーディアは決してその視線に目を合わせることも反応を示すこともなかった。
寄合所に着くと、イーラが「先に一つだけ」とアケーディアに問いかけた。
「気付いていながら今まで黙っていたのか、アケーディアよ」
「・・・わざわざ危険なことに首を突っ込む必要性など感じない。ドワーフ族は平和を好む種族なんじゃよ」




