第55話 魔王イーラ2
「よう。戻ったのか、マーガレット」
スロテナントに戻るとイーラは快活に笑い私たちを出迎えた。隣にいるアケーディアはもう疲れ切った顔をしている。
「何をしている。早くイーラ様に現状の報告をせんか」
「ブルクハルト、我々はお前の部下ではない。そういう物の言い方は止せ」
随分と暇を持て余していたらしいブルクハルトはイライラを隠そうともしない。しかし空気読めない君のイザークがものの見事に撃退していた。
「ふーん。なるほど、とりあえず成功なのか?」
イーラは私たちの最後尾でこちらの様子を窺う黒髪長髪の麗人を見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。アケーディアが胡散臭そうにイーラへと視線を送る中、どう説明したらいいのか非常に悩んだ。
しかし私のそんな悩みなどお構いなしで、こういう時に一番はっちゃけるのはやはりナイトである。
「見ろ、依頼は完了したぞ!彼は件の竜人だ。山からちゃんと離れてもらえたぞ!」
「竜人!?」
「うそだろ!?」
誇らしげに胸を張るナイトだが、竜人と聞いた途端にアケーディア含め周囲のドワーフたちは真っ青になっていった。
「わしたちは竜人を追い払ってくれと頼んだんじゃ!どうしてその竜人を里に連れてくるのじゃ!」
「おい、若い衆連れてこい!魔法道具もだ!」
アケーディアの怒声がビリビリと響く。やっぱりな。どうしてこの事態を想定して話をすることができいないんだ、ナイトよ。
「待ってくれ、争う意志はない」
「イザーク、そんな風に言って聞いてくれるかは微妙だよ」
ドワーフたちはもうパニックだった。逃げ惑う子どもや女性たち。そして物騒な見た目の魔法道具を持ってくる男性陣。
先頭にはロニーが彼の身長程の大きさはあろうかという大剣を構えて仁王立ちした。その顔は憎々し気に歪められ、迷わず砲口をこちらに向けている。
「やっぱりこいつらじゃダメだった!だから俺は初めっから信用ならないって言ってたんだ。竜人族を味方につけてこの里を落とすつもりだったのか?魔石が狙いか?やっぱりドワーフ以外はみんな信用ならない!他の種族はどいつもこいつも他種族を蹴落とすことばかり考えている!特にお前らみたいな冒涜的生命なんて、一番不気味で信用ならない!」
ロニーを筆頭に、若い男ドワーフたちはわーわーと騒がしく叫ぶ。しかし、そんなドワーフの怒りの叫びよりも、もっと重低音で腹に響くような底知れない声が背後から届いた。
「冒涜的生命・・・その言葉、訂正せよ」
「う、うるさい!竜人も冒涜的生命じゃないか!生命の神秘を脅かす悪しき生き物め!」
「訂正を、訂正をせよと、言っているのだあああぁぁぁ!」
突如、身体が浮くほどの突風に押されて私は前方向にバランスを崩した。振り向けば、またカルヴィンは竜へとその姿を変え、その咆哮1つで木が薙ぎ倒されるほどの威力を発揮している。
「カ、カルヴィン!落ち着いて・・・!」
「ダメだ、怒りで理性を失っているようだな」
「ちょっと、ライナルト、あんたのお友だちを何とか・・・ライナルト?」
カルヴィンが変身している間にライナルトは逃げたようだ。あの野郎め!
カルヴィンは鬱憤を咆哮にしてある程度放出すると、ギロリとこちらを見下ろしてくる。それに怯えながらドワーフ族は一斉に攻撃を仕掛けていった。
ある魔法道具は火を噴き、ある魔法道具は細かい刃のようなものを無数に飛ばした。しかしそれは全てカルヴィンの固い衣の前では歯が立たない。
「なんてこった・・・」
「ちくしょう、これが、竜人族・・・」
ドワーフたちはじりじりと後ずさる。しかし怒りのカルヴィンは逃がしてはくれない。グルグルと低い唸り声を上げながら油断なく攻撃のタイミングを計っていた。
「もうその辺で止めないか、カルヴィン」
そこで間に入ったのが、未だ涼しい顔をしたイーラであった。
イーラはニヤニヤといつも通りの嫌な笑みを浮かべながら、攻撃態勢にも迎撃態勢にも入らずのんびりと構えていた。
「イーラ、いくらなんでも危ない・・・」
「お前、名前はカルヴィンで間違いないんだな?」
こちらの心配を他所に、念を押すようにイーラはカルヴィンに質問を投げかける。するとカルヴィンからは「相違ない」と短い返事がきた。
「そうか、そうか。それじゃお前の真名はカルヴィンと。そう言うんだな」
イーラの瞳がきらりと開く。カルヴィンが返事をする前に、イーラは当然のように言ってのけた。
「それじゃ『カルヴィン』、図が高いな。俺に傅け」
「なっ!?」
イーラがそんな不遜な言葉を発した途端、カルヴィンの体は崩れ落ちた。そして、地に伏し苦しそうに唸っている。一体、何が起きたって言うの?
「動くなよ。俺が許可するまではお前の行動は全て俺が制限する」
「まさか、そうか。イーラよ、魔王の中でも歴代最強というのは伊達ではないのだな・・・」
「どうだ、竜人族お得意の方法で捻じ伏せられる気分は?」
カルヴィンは驚きと悔しさを滲ませながらイーラを睨みつけていた。そして少年の姿をしているからまだギリギリ許せるが、イーラは底意地悪そうな笑みを浮かべながらカルヴィンを見ていた。
「イザーク師匠、あれは何が起こっているんでしょうか」
「あれは真名を支配しているんだ。あれは、やろうと思ってできるものではない。竜人族が得意としていたものだが、今の竜人族でもあれをできるのはそういないだろう」
真名の支配。
そう言えば、以前のイーラの話に似たようなものがあった気がする。『名を付けること・名を知ることと言うのも、そのものを理解すること・支配することに繋がる』んだとか。その者の名前を知るだけで、まさか相手を支配するまで至れるものなの?
「それは勿論、世界の真理を覗きこんだ俺だからこそできることだ。竜みたいに何千年と生きて達観し悟った奴しかできないようなことだって、このイーラ様にかかればこの通りと言うわけよ」
なんかいけ好かない少年くらいにしか見ていなかったけれど、やはりこいつも魔王だったんだ。力を失ってなおこんな凄技を持ってるなんて、恐るべしである。あんなに普通に会話をしていた相手だけど、いざこうして力を目の当たりにすると、実感する。
「さぁ、カルヴィン。暴れないと約束すれば解放するぞ。どうする?」
「笑止なのだ。それがしらの誇りを傷つける輩は誰であれ許さないのだ。邪魔立てするな、魔王よ」
「だからもう魔王じゃないんだけどな」
とにかく、これで何とか治まるだろうか。良かったと安堵のため息をつこうとした瞬間、サラの「動かないで!」という叫び声が聞こえてきた。一体今度は何?
「みんな、動かないで!抵抗する者は撃つわよ!」
あの純朴そうな見た目のサラを筆頭にドワーフ女子たちが魔法道具を手にこちらを威嚇していた。何だか見た目がゴツかったりグロかったりするんだが何なのアレ。サラはもう何だかでっかい銃を小脇に抱えてこちらにその銃口を向けている。
「サラ、どうしたの?何なの、それ?」
「女子供だからってもうバカになんてさせないんだから!私たちドワーフ女子だって里を守るために戦える!ブレンダの残してくれたこの魔法道具もあるんだから!」
やはりそのオドロオドロシイ見た目は彼女作なんですね。




