第54話 魔女の秘め事
ライナルトはヤギの姿になりながら、芝居がかった仕草でカルヴィンに話しかけ続けた。
「聞いてくれ、カルヴィン。君は誤解しているんだ。僕らは同志だ。同じ考えを持ち、共感したからこそ友として交流を深めてきた。僕はずっと僕のまま変わっていない。君は僕のことを誤解してしまったんだよ」
短い足でトコトコと近づいていき、その短い腕を伸ばしカルヴィンの体に手を掛ける。そうして宥めるようにポンポンと軽く叩き、親し気に微笑んで見せた。
「こんな些細なすれ違いで僕たちの友情を壊したくない。聞いてくれるだろう、我が友カルヴィン?」
「うぅ・・・」
たじろぐカルヴィンは何だか悩まし気に顔を歪めていたが、その内にポンッと煙を上げて変身を遂げる。晴れた煙の中からは、ライナルトとはまた違った種類の麗人が姿を現したのだった。
「全く、ライナルトには敵わないのだ・・・」
あんなに動揺していたカルヴィンは人型に変身すると、ライナルトの頭を嬉しそうに撫でていた。黒髪の長髪で、ライナルトが明るく気さくな麗人であるのに対してカルヴィンはミステリアスな雰囲気を纏う麗人であった。
そして、どうやら小動物に弱い模様。ヤギの姿になったライナルトにもう敵意は無いようで、逆にホンワカと和んでしまっている。
いやいや和んでますけどそいつの正体、あんたを裏切った海賊ですよ?
「だから誤解だ、マーガレットよ。ちゃんと僕の話を聞いてほしいものだね」
「そうだぞ人族娘よ。それがしは平和主義。無駄な争いは好まないのだ」
めんどくさいわね!もういいけど、仲直りしたんなら。
多分この2人は類友ってやつだと思う。
「確かに僕はプライディアに入って盗みを働こうとした。結局、未遂だったけどね。あれは、僕は頼まれて行っていただけなんだ」
「頼まれて?一体、誰に何を盗って来いって言われたのよ」
「カルヴィン、僕が結局何を盗もうとしたか、君は聞いたかい?」
「いや、竜王の大切にしている何かだということは耳にしたが・・・」
ライナルトの問いかけにカルヴィンは戸惑ったように口を開く。ライナルトはいつになく真剣な面持ちで勿体ぶるようにゆっくりと話を続けた。
「国際問題になるから僕は全ての罪を被ったけれど。僕に盗むよう指示を出したのは、イーラ・・・魔王イーラなんだよ」
「え!?」
「なんと・・・!」
思わずイザークに目を向ければ、流石のイザークも目を見開いて絶句していた。確かに、魔族の王が竜人族の王から盗みを働こうとしたなんて、国際問題である。
「それで、イーラは何を盗んでほしかったの?」
「それはね、マーガレット。イーラは竜王から『魔女の秘め事』を奪いたかったんだ」
魔女の秘め事・・・
それは各種族の王と魔女の秘め事。ハイノが知りたがっていた7種の王と魔女の秘め事だ。
「魔女の秘め事とは一体・・・」
しかしカルヴィンはこれを知らないらしく困ったように眉間に皺を寄せていた。それを当然と言うようにライナルトは頷くと、イザークに向かって「貴方は知ってるよね?」と話題を振った。
「・・・この世界には、7種の種族が存在し、7種の王が存在している。魔族、人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、魚人族、竜人族・・種族同士が馴れ合うことはなく、常に戦争が起こり世界は荒れに荒れていた」
静かに語りだすイザークの口調は固い。ライナルトはそれを引き継ぐようにまた語りだした。
「ある時、とある大樹の枝葉から聖女が、根から魔女が誕生した。彼女たちはこの世界のために現れたと告げる。そして、魔女はまずそれぞれの種族に強大な力を1つずつ授けたんだそうだ。それが、魔女の秘め事」
「これは王にのみ引き継がれ語られる秘め事だった。だから、王以外は誰も知らない。だが王同士は他種族も自分も世界に滅亡を導ける強大な力を手に入れていることを知っていた」
だから、世界からは無闇な戦争がなくなり、表面的な平和がもたらされたんだと言う。これは現代社会でもあったような抑止力みたいな話だろうか。あまりに強大な力は敵味方関係なく全てを壊してしまうから、そんな力を相手も持っているということが戦争を仕掛けることを止めているのだろう。
「そんなもの、知らないのだ。魔女の秘め事?王がそれを持っているのか?」
「そう、そして、僕はイーラから竜王の持つ魔女の秘め事を盗って来いと言われたんだ」
「そんなことしたら、力の均衡が保たれなくなっちゃうんじゃないのか?」
まさかの展開に驚きナイトが質問すれば、ライナルトは「ちっちっち・・・」と指を振りながら流し目でこちらを見てきた。
「僕は平和主義者だよ。まさか、そんな世界の均衡を破るようなことに加担しようとは思わないさ。イーラは魔女の秘め事を奪いたかったんじゃない。魔女の秘め事をこの世から消滅させたかったのさ。そうだろう、イザーク」
再度イザークへと話は振られ、全員の視線がイザークへと集中する。イザークは少し戸惑ったように僅か目線を泳がせたが、観念したかのように口を開いた。
「イーラは自身の受け継いだ魔女の秘め事を破壊していた。この世界には不要なものだと判断したからだ」
「そして、他の王も持つべきではないと考えていた。だから僕は協力することにしたんだ」
ライナルトは満足そうに話し終えるとカルヴィンへと視線を移し、「分かってくれたかい」と戸惑うカルヴィンに問う。
「待ってほしいのだ。魔女の秘め事?世界を滅亡に導ける力?いきなりそんなことを言われてもついていけないのだ・・・」
「ムリもない。強大な力、世界を滅亡に導く力なんて僕たち平和主義者が最も忌むべきものだ。イーラもこれの存在を良しとせず、魔女の秘め事そのものを破壊することにしたんだ」
なんだか予想外の話にカルヴィン含め私も事態を飲み込めずにいた。そんな中、ナイトだけ少し考えていたようだが顔を上げライナルトに問いかけた。
「魔女と聖女と2人現れたんだろ?それじゃ、魔女は秘め事を授けたとして、聖女の方は何をしたんだ?」
「聖女の方は特に何も。彼女は何もせず、ただ『この大樹をご神木とせよ、この大樹はどこへでも繋がる場所だ』という言葉だけ残していったよ。エルフは聖女の言葉を受け、その大樹をご神木と崇め聖地とし、ご神木を守りながら生きることを決めたようだけど」
何なんだ。神話みたいな話だな。でもこれがこの世界の歴史なのだろう。
カルヴィンはもう顔から血の気が引いて真っ白になっていた。そして、混乱しながらもなんとか言葉を発する。
「俄かには信じることができないのだ。それじゃ、竜王の持つ秘め事とは何だったのだ?」
「竜王の持つ秘め事は、『傲慢の書』。この世界の未来が記された書物だそうだ」
「それは・・・!」
カルヴィンは絶句して、口をパクパクと開閉した。そして、何か思い当たるところでもあるのか口を真一文字に引き結ぶと俯いてしまった。ライナルトはそれを見て神妙な顔で頷くと、また気遣うように友人の背に手・・・は、届かなかったので、足に手を掛ける。
「分かるだろう、カルヴィン。未来が記された書物・・・竜王スペルディアは、予言者として国に君臨しているのだからね」




