第52話 本質
気が付くと、私たちは坑道の外まで運び出されていた。
しかし目覚めても周りには無数のカエルである。こんな恐怖、人生の中で感じたことが無い。
「ちょっと、竜人族を恐れるのは分かるけど、私たちまで怖がるって失礼じゃない?」
「本当、助けてやったのに、やんなっちゃう」
カエルたちは私が恐怖に顔を引きつらせているのが不満らしく、ブーブーと文句をつける。さすがの私も少し気持ちを落ち着けて、とにかく助けてもらったことへの礼を述べることとした。
「どうもありがとう」
「別に。ヘケトの小瓶が開けられたから、仕方なしにだし」
「本当、じいちゃんは人使いが荒くてやんなっちゃう」
そう言えば、どうなっているのだろうか。私はヘケトの小瓶を開けただけだったのだが、一体全体なぜこんなことになっているのか。
「ヘケトの小瓶って、傷を癒す魔法の小瓶じゃなかったの?」
「え?そんな訳ないじゃん」
「そんな絵芝居みたいな小瓶が存在するなら、私たちヴォジャノーイは川辺海辺で船の管理なんて仕事してないっての」
「ねー」なんて笑いだすカエルたちを見て、私は意味が分からないまま助けを求めるようにナイトへと視線を向けてみた。しかしやはりと言うべきか、ナイトも飲み込めていないようで呆然としていた。
「ヘケトの小瓶は若い衆を集める合図を送るただの小瓶だよ」
「え?でも、ヘケトっていうのは多産や復活を象徴する神様だって聞いたんだけど」
「ああ。じいちゃん言ってた。それっぽい名前つけとくと勝手に誤解してくれる輩が多いから、何かあった時に高く売りつけられて良いんだって」
嘘でしょ何その理由!
「じいちゃんが今回人族に渡したから、開けられたら助けに行ってやれってさ」
「私たちに何かあったらどうするつもりなのかしらね」
どうやらあの小瓶をくれたヴォジャノーイは私たちを本当に逃がしてくれるために今回算段を取ってくれたらしい。あんなに無愛想だったけど、良い魔族なんだな。
「さてどうするか。戦闘にはならなかったが、逃げてきたとなるとあの竜人族もこちらを警戒するだろう」
あぁ、魔族不審に陥ってるんだもんね。さらに心の傷癒しますって言った人族に嘘ついて逃げられたなんて、本格的に他人を信じられなくなっているかもしれない。
「なんか大変そうねー」
「まぁ、私たちは言われた役目をちゃんと果たしたし」
「あとはご自由にって感じ?」
カエルたちはきゃっきゃと笑いながら去っていった。うーん、助かったけど、困ったもんだ。
「ちょっとナイト、話が違うじゃない」
「うーむ、おかしいな。普通これで傷を癒し、感謝されなつかれ行動を共にするのがよく聞く話なんだが」
どこで聞いた話なんだよ!
私たちは坑道の前で悩んでみたが、これと言った打開策は思いつかなかった。と言うも、そもそもの原因は彼を騙したあいつが悪いんじゃないか。奴の顔を思い出したらムカムカが止まらなくなってきた。
「こうなったら、そもそもの原因にどうにかしてもらいましょ!」
「そもそもの原因って・・・」
「スロテナントに一回戻るわよ!」
私が先頭切ってスロテナントに戻ると、あまりの早い期間にロニーにため息を吐かれた。
「やっぱりな。俺は初めから無理だと思ってたんだ。竜を見て尻尾巻いて逃げて来たんだろ、どうせ」
「ロニー、やめなさいよ」
隣には純朴そうなドワーフ娘が困り顔でその裾を引いていた。例の彼女だろう。なんとなく手元を見れば、その指は確かに短く、ドワーフで言うところの美人さんなのだろうことが分かる。ロニーみたいな嫌味な男の彼女だからどんな子かと思っていたが、とても常識的で優しそうな女の子だ。
「ちょっと教えてほしいことがあるんですけど」
「教えてほしいこと?」
「なんだ。どんな小細工しようったって誤魔化されないからな。変なこと考えるなよ」
ロニーを何とか諌めて、彼女のサラは話を聞いてくれた。
「鳩兵隊に伝言を頼みたいんですけど」
***
鳩兵隊の利用方法は世界共通らしい。一応、隊の精神により差別なく、例え魔族であっても要望があれば飛んでいくらしい。だからこそ鳩兵隊に所属する者は精神的にも肉体的にも高い能力を求められるんだとか。
・・・その言い回しがすでに、な気もするが、この世界では仕方ないことらしい。イザークが特に気にする様子は見せなかったが、そんなことに慣れていてほしくないものだ。
そして鳩兵隊の利用方法についてだが。朝、日の出が上がってから太陽が真上に辿り着くちょうど正午までの間に色つきの煙を焚くらしい。それを各地域に作られた監視塔から確認して鳩兵隊が派遣されるという仕組みになっているようだ。正午を過ぎてしまうと次の日まで呼び出すことができないようで、だいぶ限定的な使われ方をしているらしい。
「不便ね」
「昔は鳩兵隊のような伝達手段がなかったですから、むしろかなり便利になったと思いますけど?」
サラが不思議そうに首を傾げた。そうだね、私たちの現代日本みたいな伝達手段の発達した世界を知らないのだから、当たり前か。そう考えるなら、貝合わせを作ったブレンダはかなりすごいと思うのだが、如何せん評価されていないことが悔やまれる。
「色によって違うんです。普通伝達は青、緊急伝達は赤で煙を焚きます。赤い煙を焚くと優先して移動速度の速い鳩兵隊が派遣されますが、その分料金は割増しになります」
意外と普通にシステムが構築されている。今はすでに正午を過ぎてしまっているので、明日の朝一番で焚き上げなければならない。
「ちなみに、その料金はいつ払うの?」
「まず煙を染める色粉を買うことで先払いします。あとは鳩兵隊到着後、内容によって追加料金を取られたり、そのまま受けていただいたりしますね」
なるほど、危険な人物だったり急を要する内容であれば後払いの料金が追加される訳か。よっぽどの場合、青粉を買った料金のみで受けてもらえるらしい。
スロテナント内にも色粉を売っている店はちゃんと存在するらしい。と言うか、この世界での伝達方法は大方鳩兵隊を利用しているようなので、どの町にも必ずあるようだ。ロニーは面倒くさがって帰ってしまったが、サラは案内を買って出てくれた。
「あの、ブレンダとお知り合いなんですよね?」
店まで行く間、恐る恐るサラは尋ねてきた。周りを少しだけ気にして、多分ロニーがいないことを確認しているのだろう。
「そんなにって訳ではないけど、人族の国で知り合いにはなったよ。この杖、彼女の店で買ったの」
「そうなんですね」
サラはブレンダが今どうしているのかを聞き、安心したように微笑んだ。何だが、ロニーよりもよっぽどサラの方がブレンダの身を案じていたように感じる。口先だけのロニーと違って、サラはその表情からもブレンダのことを心配していたことが分かった。
「ブレンダはちょっと浮いていたんです。この里、考え方が古いドワーフばかりだから。女の子はちょっと肩身も狭いし、指は短い方が良いけど実際に良い魔法道具を作るドワーフ女子は疎まれてしまうんです」
なるほど。ブレンダは同じドワーフから見ても魔法道具作りに長けていたらしい。その才能故に生意気だと思われてしまっていたとは、随分勝手なものだ。
「私、確かに指は短いけど魔法道具作りはからっきしで。それでも私なんかの方が持て囃されてしまうのは、今のドワーフは本質が見えていないんだと思います」
サラは悲し気にそう話していた。てっきりこれだけブレンダのことを気遣っているから2人は友人なのかと思ったが、あまり話したこともないんだとか。
「でも私、彼女の作る魔法道具のファンなんです」
それは危ない。




