第50話 竜人族
イザークと荷物のチェックを済ませ、鉱山の坑道へと向かった。どうやら坑道の先に採石場があり、さらにその奥に居着いてしまったようだ。
旅立つ私たちを楽し気に見送り、イーラはアケーディアを捕まえていた。多分これから色々と話したいことがあるのだろう。一体何を考えているかは知らないが、そんなことを気にしている余裕はない。私達は竜人族に集中しなければならない。
「坑道って、暗くて狭いんだね」
地下に続いていく坑道はランタンで僅かながら明かりを取っているが暗くてじめついている。鉱床に沿って掘り進められているらしいのだが、一体どのくらいの長さになっているのだろうか。
「ドワーフたちが近寄れなくなったせいで魔物も巣食っているかもしれない。道中も慎重に行くぞ」
イザークを先頭に、ナイト、私の順に進んでいく。最後尾って言うのも、意外と怖いものだ。どんどん進んでいくと背後が気になるもので、チラチラと振り返ってしまう。
坑道に出てくる魔物は魔素が濃いせいか気性荒く襲ってくるものも多く、道中も慎重に進んでいった。
「これぞまさにダンジョンってやつだな。腐った死体でも襲ってきそうだ」
「死体?」
RPGのやりすぎか、ナイトがワクワクした様子でそう言うとイザークが不思議そうに振り返った。そうして「なぜ死体が襲ってくるのか?」と首を傾げている。
「魔物だよ。いないのか?アンデッド系のモンスター」
「アンデッド・・・つまり、生命が失われているのに活動する魔物がいるのか、と言うことか?」
イザークはあり得ないと首を振った。
「なぜ生命活動の失われたものが動けるんだ?」
「まぁ、それはそうなんだけど。そういう超自然的な存在って言うのが魔物なんじゃ・・・」
「魔物もただの生命体だ。不思議な生き物という訳ではない」
結局、この世界でもアンデッドなんて自然の摂理に反する者は存在しないらしい。ナイトよ、残念だったな。私はそんなお化け的存在はあり得なくて安心したけれど。
そうこうして魔物を処理しながら確実に進んでいった。途中、足元が整備されておらず足を取られてしまうこともあったが、それでも滞ることなく進み気づけば採石場にはすぐに辿り着くことができた。
「なんか、思ったよりもあっさりだな」
「むしろここからでしょ、私たちの仕事は」
ガッカリするナイトには呆れてしまう。
この先に竜がいるのだ。緊張感で手が汗ばんでしまう。竜って言えば、最強のモンスターじゃないか。自分の人生の中で、本物の竜と対峙する時が来るなんて思ってもみなかった。
「2人とも、この先どうなるか分からない。ゆっくり進むからあまり物音を立てないように」
イザークからも緊張が感じ取れる。私たちはゆっくりと、アケーディアに聞いた竜のいる場所へと進んだ。
そこは突然広く開けた場所だった。ゴツゴツした岩壁に高低差のある床で、整備されていない自然の空間であることが分かる。その中央に大きな黒い塊があるのが見てとれた。それはとても巨大で、艶やかな鱗に覆われている。
「あれが、竜・・・」
体と思われる部分が上下にゆっくりと動いている。たぶん、今は寝ているのだろう。私たちはついに竜を目にすることとなった。
ちょっと展開が早すぎませんか?もっとこういうのは紆余曲折を経て辿り着くものなんじゃないの?
そんな私の不満なんて誰にも伝わることなく、目の前には巨大な竜が静かな寝息をたてながら横たわっていた。大きさは、昔動物園で見たゾウを縦にも横にも3体程並べたくらいはあるのではないだろうか。
怖いし起こしたくないしで、私は息を吸うのも難しい。手をギュッと握りしめながらナイトを確認してみると、彼もさすがに緊張していた。やはり実物を前にしたら圧倒されてしまったようである。
「寝ているのか」
「そうみたいね・・・」
「イザーク、イザーク」
私とイザークで様子見をしていたら、ナイトが後ろからイザークを呼んだ。怖くて後ろに下がっていたのだが、一体何の用なのか。
「竜の翼は折れていないか?それか、足に深手の傷を負っていたりだとか」
「傷?」
「ここからじゃそんなの見えないけど・・・」
急に言われた竜の傷について、いぶかしりながらも確認してみるが見える範囲ではそんなものはない。まさか、またこれも異世界あるあるの出来事なんだろうか。
「きっと見えないところに傷があるんだ。だからあの竜はここから離れられず居着いているのだよ」
名推理と言わんばかりだが、イザークに「根拠は?」と聞かれて「これがよくあるパターンってやつだからだ」と答えたナイトを信用する気にはなれない。
「ちょっと見る角度を変えてみるのだ。そうすれば必ず見つかるはずだ!」
私どころかイザークからも信用を得られなかったナイトはムキになって飛び出してしまった。私とイザークも焦るが止められず、ナイトは竜の足元へと寄っていく。仕方なしに私とイザークも後を追った。
近くで見れば見るほど大きかった。丸まるようにして眠っているが、これが起き上がったら一体どのくらいの大きさになるのやら。
「ちょっとナイト、一旦戻りましょ」
「この辺りにもない・・・もう少し後ろも見てみないと」
小声で抗議するが逆に意地になってしまったようでナイトは話を聞いてくれない。見える範囲に傷がないと、また見てない方へと回り込んでいく。
「あ」
そして、不穏な声を発した。私も嫌な予感しかしなくて体が凍りつく。
分かってはいたのだけれど、そうしてすぐに竜の体がゆったりと起き上がってきた。
「それがしの周りで、一体何をしているのだ、人族よ」
起き上がればさらに大きくなって、竜はこちらを見下ろしていた。イザークだけが動き、私たちの間に入ってくれる。
「起こしてすまない、竜人よ」
「魔族もいたか。これは珍しい組み合わせなのだ」
竜人族はしっかりとこちらに向き合った。その姿に傷は伺えず、どう見ても弱った様子などはない。
「竜よ!我々はヘケトの小瓶を持っている!お前は傷ついているのだろう?我々が癒してやるぞ!」
ナイトが震える声でそう言った。ビックリしたが、ナイトを見ると「任せておけ」と言わんばかりに親指を立てていた。イザークの緊張感が高まったのが、彼の背後ながらに感じ取れた。
「それがしの傷を癒す?」
竜も少なからず驚いたようで、僅かながらその瞳を見開いた。そうしてしばらく考えてから、ゆっくりとまた話始めた。
「なるほど、そうか。確かにそれがしは深い傷を負っているのだ。この傷が癒せると、そう申すのだな」
「え、ホントに傷があるの?」
ナイトの不思議知識が役に立ったの?イザーク共々さすがに驚いていると、竜は立ち上がった。
「それがしの名はカルヴィン。深き傷を負い今はここに伏しているのだ。この傷を癒し治せると言うのなら見せてみせよ」
ずしりと一歩前に踏み出すと、カルヴィンは手を胸に当て、一際大きな声で宣った。
「この、心の傷をな!」




