第45話 異世界からのヒーロー
ナイトが変わった?
私は楽しそうなイーラの横から鏡を覗き見る。ブルクハルトの魔法がまた飛んできていた。
「危ない・・・!!」
ナイトの身を案じて私は思わず悲鳴を上げるが、それはイザークが防いでくれていた。
『止めろ、ブルクハルト。ナイトを殺して何になる』
『彼は別にいらないんだよ。こっちの世界に来るために利用しただけで、こっちに来てしまったのなら用なしだ』
イザークが怒っていることは鏡の中の遠く小さな姿を見るだけでもわかった。しかしそんな怒気は怖くもなんとも無いようで、ブルクハルトは余裕綽々で答えている。
「とにかく、ナイトを助けないと!あんなとこにいたら流れ弾だけでも死んじゃう!」
「まぁ、落ち着け。ちょっと見ていろ」
ハラハラと成り行きを見守る私を嘲笑い、イーラはこの後がどうなるか結末を知っているかのようにニヤニヤと鏡を見ていた。私としてはそんな態度のイーラが腹立たしいのだが、鏡の中ではこちらを他所に混乱極まっているようだった。
『イザーク、心配するな。俺を信じるのだ!』
『ナイト、今は冗談を言ってる場合じゃないんだ』
『あの少女はどこへ行った!白状すればお前の命までは奪わずにいよう』
三者三様他人の話を聞かず、みな好き勝手で話がまとまらない。どうでもいいからもう争いは止めてほしいんだが。何だか緊張感もどこへやらの状態だ。
『あまり魔族をバカにするな、人族よ。我々は確かに弱者となったが、決してそれに甘んじている訳ではないのだ』
しかしあまりの混乱に話が進まず、痺れを切らしたのかブルクハルトの声が一段と低くなった。イザークもそれに気づいたがもう遅かった。
『業火旋風!』
灼熱の業火がイザークとナイトに向かって吹き荒れた。それは触れたものを消し炭に変えてしまうような威力があるようで、イザークの顔にも緊張感が戻る。イザークが何とか防ごうと魔素を循環させるが、なぜかその前にナイトが躍り出てきた。
「ナイト・・・!」
『見よ、俺の真の力を!』
息を飲む私は、次の瞬間には目を見開くこととなった。ナイトに業火がぶつかると思った瞬間、業火は揺らいだのだ。灼熱の炎だったはずのブルクハルトの魔法は、ナイトにぶつかる瞬間にスルスルと魔素へと戻っていく。
そして、その魔素はナイトの中へと吸収されるように取り込まれていった。
『な・・・!?』
「何!?」
予想外の出来事に、それを見ていた全員が驚き動きが止まってしまった。一体、何が起きたのか分からない。ただ、ナイトの高笑いだけがその場に響いたのだった。
「な、面白いものが見れただろう?」
「どうなってるの?」
私の反応が面白いとでも言いたげにイーラは笑っていた。彼にはこの事態が分かっているようだった。
「ブルクハルトは異世界から人族を連れてくるためにかなりの魔素を使っていた。ただ、魔素ってやつはゲートが無いことには行き来ができないんだ。これは知っているだろう?」
これは魔法の話をした時にディアナたちから聞いている。だから私たちもゲートの鍵開けを行って体の中のゲートを開放したのだから。
「こちらから魔素を送ってもそれを受け取るゲートがそちらの世界にはなかった。だから、何年もかけて少しずつゲートの代わりになる魔法陣をナイトの中に蓄積させたんだ。それは複雑な魔法だったろう。幾重にも重ねて、自分の魔素を受ける魔法陣を作りあげていたんだ」
イーラはもう3人のやり取りに興味を失ったらしく、鏡の映像を消してしまった。私はまだナイトの安否が気になるので写していてほしかったのだが、そんなこと知らないとばかりにイーラは解説を続けた。
「ごちゃごちゃ言ったが、要はあのナイトって人族は対ブルクハルトには無敵の、魔法を無効化できる体質に変わっていたって言うわけだ。しかも解放の仕方も覚えたから、同じ容量の魔法も打ち返せるんじゃないか?」
そう言ったか言わないか、突如今までで一番の轟音が魔王城内に響き渡った。イーラは緩慢な動きで立ち上がる。
「打ち返せるんじゃないか、とは言ったが。コントロールの仕方も知らない素人があんな魔素を放とうとすれば暴発するのは当たり前のことだな」
「・・・」
「見に行くか。城を跡形もなく崩されては敵わん」
***
そこは悲惨な状態だった。城は確かにナイトの暴発前からイザークとブルクハルトの二人が戦っていたので破壊が凄まじかったのだが、ナイトの暴発によりそれが跡形もなくなっていた。
城は半分ほどその姿を失い、半壊してしまっていた。
「城が・・・誇り高き魔王城が・・・」
ブルクハルトは戦意喪失し呆然と城の残骸を眺めていた。ナイトの暴発した魔法は確かにブルクハルトに大打撃を与えていた。主に精神的な所で。
「これは予想以上の事態だな。城がここまで壊されてしまうとは」
そんなに気にも止めていないような声音でイーラは惨状を眺めていた。瓦礫の中にいた3人は、イーラの声でやっとこちらに気づいたようだった。
「イーラ様!」
未だ真っ青な顔色のブルクハルトだったが、イーラに気づくと駆け寄りひざまずいた。
「お目覚めになられたのですか。まだ力は戻っていないはず。御身を起こして何か問題でもあったら・・・」
見た目青年のブルクハルトが少年イーラにひざまずく姿は何だか異様だ。いけない世界みたいで、ちょっと見るのが憚られる気がする。
「あんまり神経質になるなよ、ブルクハルト」
しかしイーラはカラカラと笑っていた。とりあえず、今この場でこれ以上戦おうってやつはいないようだし私も安心した。
「マーガレット!」
しかしそんな安堵していた私に気づいたナイトが駆け寄ってきた。平静を装おうとした私は、もしかしたら今、表情がないかもしれない。けれど動揺を悟られたくなくて、私は決して感情が表に出ないように努めていた。
興奮気味のナイトは嬉しそうにはしゃいでいて、私のことは見えていないんじゃないだろうか。ナイトの向こう側に見えるイザークが、心なしか心配げな瞳をこちらに向けているのがわかった。それでも私はそんな全てに反応を示すことを心が拒否していた。
「すごいだろう、これ!俺がやったんだ!」
全てが吹き飛んだ瓦礫だらけの城を指し示し、得意気に胸を張るナイト。顔は上気し、熱がこもっている。こんな状態を自慢げに見せびらかすなんて、どうかしているのではないか。
「俺様のゲートは解放された!やはりチートは存在するんだ!俺様の伝説はここから始まるぞ!異世界からのヒーローは遅れ馳せながら、今ここに誕生したのだ!」
嬉しそうなナイトを見ながら、私は辛うじて「良かったね」と伝えることしかできなかった。




