第43話 決裂
「ポルターガイスト!?」
ナイトが悲鳴に近い声を上げたが、そうじゃない。ブルクハルトの周りの魔素が彼に反応して急速に蠢いているのだ。決して魔法を使っている訳ではなく、魔素を循環させるだけでこの威力なのだから、恐怖の対象としては間違いないのだけれども。
「まずいな。怒らせたか」
イザークが私たちを庇うように前に出るが、いやいや怒らせたくなかったの?穏便な話し合いのつもりだったなら、イザークは交渉事には向いていないと思う。
ブルクハルトは大量の魔素を循環させながら、こちらの様子を窺っている。でも、戦争を起こすつもりの魔族に協力なんて私もできやしない。
「イザーク、とりあえず逃げよう!」
「そうする方が良いな」
私はナイトの手を掴み扉に向かって走り出した。その瞬間に、「『毒射針』」とイザークの声が聞こえてきた。
とにかくイザークを信じて逃げ切ることに全力を費やする。そんな私の背後で、ブルクハルトの声が聞こえた。
「私に歯向かうと、そういうことだな少女よ」
怖すぎるんですけど!
***
とにかく遠くへ遠くへと走った。晩餐会を行った部屋の方向からは何やら轟音が聞こえてくるが、私たちがいてもイザークの邪魔になるだけだ。
「マーガレット!イザークが!」
「今はとにかく走ることに集中して!」
これじゃどっちがヒロインかわかりゃしない。それでも心を鬼にしてとにかく走った。しかし城っていうのは入り組んでいて分かりづらい。外に出られたらいいなと適当に走ってきたが、一向に出口は見つからなかった。
「どこ走ってんのよ!?」
半分泣きかけでとにかくひた走った。多分、時間にしたら10分も走っていないとは思う。しかし限界を感じた私たちは近くにあった部屋へと逃げ込んだ。
扉を閉め内側から鍵をかけ、息を整えながら周りを見ると書庫か何かなのか本棚が一面に広がっていた。びっしりと詰められた書物の匂いが鼻に届く。窓のない室内でじっとしていると、ようやく息も少し落ち着いてきた。
「お疲れだな」
しかし誰も居ないと思っていた室内には、魔族がいた。この城にいるのはあと1人しかいない。外ばかり気にして気づいていなかったのだが、年季の入った重厚な机に足を投げ出しながら本を読んでいるのはジークベルトだった。
「ナイト、下がって!」
「おいおい、警戒しなくていいって。何もしないから」
ジークベルトは興味なさげに、こちらに目もくれず本を読んでいる。そう言えばいつかも、彼はブルクハルトに従う必要はないんだとか言っていたが。
「信用できるわけないじゃない」
「まぁ、信用してくれなくてもいいんだけど。騒ぐんなら出てけよな」
しばらく睨んでみたが、どうやら彼は本当に何もするつもりがないらしい。悠々と読書を楽しんでいた。
「あんたって、変な魔族ね」
「変なんか当然だろう。逆に普通ってのは、どんなののことを言うんだ?」
人を食ったような態度のジークベルトは何だか調子を狂わされてしまう。ナイトに視線を向けどうするか目で尋ねてみるが、彼もどうしたら良いのか戸惑っているようだった。
「ジークベルトは魔王を復活させたくないのか?」
「なんでだよ。俺はさ、魔王さまの復活なんて興味ないのよ。だって、一回人族に負けたんだぜ?そんなの絶対的強者とは言わないだろ。もう一回王になろうなんて、この国の何人の魔族が許すかっつう話よ」
ナイトの質問にやっと本から目を離し、ありえないと首を振る。どうやら実力主義の魔族は歴代最強でも敗者というだけで慕えなくなる者もいるようだ。
「どちらかと言えばブルクハルト様のが異常なんだって。まぁ、俺はあの人みたいに頭が回るわけじゃねぇからな。きっと色々崇高な考えを持ってるんだろうさ」
ジークベルトは手に持っていた本を机に伏せると、勢いをつけて椅子から飛び降りた。そうして凝ってしまったのか首を揉みながらこちらに近づいてきた。
「それよりちょっとさっきから気になってたんだけどよ。なぁ、ナイト」
いまだ警戒は解けずナイトとジークベルトの間に私は立っていたのだが、そんな私を通り越してジークベルトは真っ赤な瞳をナイトに向けた。
「お前、どうしちゃったの?」
「え?」
突然の質問の意図が分からずナイトの口から困惑の声が漏れる。しかし意味が分からないのは私も一緒で、注意深くジークベルトを観察した。
「気づいてないのか?お前、魔素が身体に溜まってんぞ」
「魔素が?」
その言葉に驚き私もナイトを見てみると、確かによく見ればナイトの身体の中を濃い魔素が渦巻いているのが分かった。本人にだけ分からないらしく、不安げにナイトは私の様子を窺う。
「どういうこと?ナイトはゲートが開けてないのに」
「そうだよな、魔法なんてこれっぽっちも使えなかったよな。何だって急にそんなことになってるんだ?」
「なに?どういうことだ?俺にも分かるように説明してくれ・・・」
普段ならノリノリだろうナイトも、現状が現状なだけそんな余裕もないらしく、私とジークベルトに何度も視線を行き来させる。
「しかも、この感じ・・・魔族のコントロールする魔素に似てる。と言うよりも、ブルクハルト様とそっくりなんだよな」
ふむと顎に手をやり、ジークベルトは考え込むが、すぐに「そうか」とひらめいたようだった。
「なるほど、なるほど。そういうことか」
「どういうこと?1人で納得してないで説明してよね!」
「まぁ、説明しろって言っても難しいんだよな。それより、まだ大丈夫だろうけど何とかしないとその内肉体の方が耐えられなくなって破裂すんぞ」
「はぁ!?」
私とナイトは真っ青である。そんなことお構いなしにジークベルトはまじまじとナイトのことを眺める。
「面白いことも起きるよなぁ」
「そんな悠長にしてないで!」
「何とかしてやろうか?そうだな、俺は魔王様の復活には興味が無いし。もし仮にこれでナイトがブルクハルト様を捻じ伏せたとか倒したとかなったら、その方が楽しそうだしな」
どこまで本気なんだか分からないジークベルトが、ニヤニヤとナイトに持ちかける。それはまるで悪魔が契約を持ち込むような邪気を含む笑みだった。
「退屈してたんだ。魔族は今、どいつもこいつもシケた面して生きてる。俺みたいな快楽を嗜む魔族としては、もっと刺激的な出来事があってほしいもんなんだけど」
私が口を挟めるような雰囲気ではなくなっていた。でもなんだか、ナイトにはそんな悪魔の囁きに耳を傾けてほしくなかった。何だか、ナイトが私の知ってるナイトではなくなってしまう気がしたからだ。
「止めてみろよ、あの怒り狂ったブルクハルト様を。そうすりゃこの城くらい、もしかしたらもらえるかもよ」
「ブルクハルトを、俺が止められるのか?」
「試してみなくちゃ分かんないけどな」
ナイトは何故か、決意を固めたような、そんな表情をしていた。




