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第37話 祝杯

「それじゃ、カンパーイ」

「カンパーイ」


 グラスを合わせ、私たちはポリーの働くあの店で祝賀会を開くこととなった。メンバーは私たち3人とヒューバートの合計4人だ。フレドリックは体調が思わしくないということで、家に帰ってしまった。


「それぞれ目的のものがゲットできたし、よかったね」

「あぁ。これで王都に帰っても首を跳ねられることはないな」


 マジか。一体どこの残酷王の話なのか。

 私とナイトはアルコールは辞退したが、ヒューバートとイザークはお酒だ。この世界のアルコールがどんなものか分からないが、決勝を戦った2人は気をよくしている。


「ところで、船の乗船券がどうして欲しかったのか聞いてもいいかい?」

「私たち、スロテナントに行きたかったんです」


 そしてそこを通りすぎてラースラッドが最終目的地だ。しかしヒューバートは「スロテナント?」と眉間にシワを寄せた。


「確かその乗船券はカトライア大陸行きだぞ」

「え!?」

「そう書いてあったと思ったが」


 言われて乗船の権利書を出し、イザークに見せてみると「確かにそう書いてある」と肯定した。

 結局意味ないじゃない!


「ウソ・・・また振り出しに戻ったの?」

「スロテナントに船なんてほとんど出してないからな。お気の毒に」


 がっかりと脱力してしまう。上手くいってると思ったのに、またこれだ!


「どうしてスロテナントにはあまり船が出ないの?」

「そうだな、私もウワサで話を聞いたにすぎないが・・・」


 やはりスロテナントはよく消えてしまうようだ。前回は辿り着けたのに今回は何日さ迷っても辿り着けない・・・

 そんな得たいの知れない国に、誰が好き好んで船を出すかという問題らしい。


「ヒューバートさん。我々にご協力いただけないですか?あなたは王国騎士団の方。どうにか船を出させるよう話をつけてもらえないか」

「うーむ・・・私にそんな権限はないのだが・・・」


 またナイトがとんでもない勝手を言い出したのだが、ヒューバートは顎に手をかけしばし考えてから提案してくれた。


「それでも、今回の『人魚の涙』の件で、人王から褒美がいただけるだろう。その時に願い出ることならできると思うが」

「フ・・・持つべきものは権力者の知り合いだな」

「ちょっとナイト、露骨すぎよ」


 ヒューバートは同時に懐から箱を取り出した。

 それはミニチュア版宝箱みたいな見た目をしていた。この中に『人魚の涙』が入っているのだろう。大切そうに箱を指でなぞり、ヒューバートは笑った。


「手に入って本当によかった。闘技大会にはこんな強者が参加していたのだからな」

「嫌味だな」

「嫌味なものか。この大会では私が勝てたが、もしこれが死闘だったなら?こんなステージでのルールの決まった大会でなかったら?そう考えると、同じ結果は想像ができんのだ」


 ヒューバートはイザークから何か感じ取っていたようで、またギラギラとした瞳に変わりイザークへと視線を向けた。


「また戦おう。その時は貴方の本気が知りたい」

「・・・またがあれば」


 熱き男の約束が結ばれた、そんな時だった。突然、『人魚の涙』がカタカタと揺れ始めた。


「ん?」

「え?」


 思わずヒューバートも手を離し様子をうかがう。箱は、わたしたち4人の注目をあびながら段々とその揺れを大きくした。


「な、なんだ・・・?」

「一体どうなって・・・?」


 私たちが恐る恐る見守る中で、一際大きく揺れたかと思うと、まるで卵の殻を内側から割るかのごとく勢いよく箱から足が生えてきた。


「ぎゃー!キモイ!」

「何だ何だ何だ!?」


 私たちのテーブルはいきなりパニックであった。箱は、その蓋をまるで口のようにパクパクと動かし「グギャッ」と鳴いた。

 そして、ヒューバートが我に返った時には遅かった。ぴょいっとテーブルから降りると、スタタタタタ・・・と足早に店から出て行ってしまったのだ。もちろん、その光景をじっと眺めていた私たちだったが、事態に気付いたヒューバートが悲鳴のような声をあげる。


「『人魚の涙』が・・・逃げた・・・!」


 真っ青になり、その後ろを追って駆けだした。


「何だったの、今の?」

「足が生えたな」


 とにかく信じられない物を見たけれど、私たちも『人魚の涙』を捕まえるべく席を立った。お代を全て支払い店の外に出たのだが、そこはもうあの箱どころかヒューバートの姿も見えない。


「手分けして探そう。俺はこっちに行く」

「じゃ、私はこっち」

「それなら俺はこっちで」


 分散して箱を追うべく、私たちは走り出した。

 こういう時、ファンタジーなら追跡の魔法とかそういう便利なものが使えるんじゃないですかね?ちょっと今度そういうものが無いかイザークに聞いてみよう。

 当てもなく私は暗くなった夜道をひたすら走った。途中のすれ違う人に歩く箱を見なかったかと聞いてみたのだが、どの人も奇妙なものを見る顔でこちらを見てきたので聞くのは止めた。


「意味わかんないな・・・」


 走り疲れて一息つきながら立ち止まる。あの箱、なんで急に逃げ出したんだか。

 もしかして、そういう機能のついている箱なの?なら何故大会の運営がそんなものを仕込んだのか意味が分からないし。勝手に生命が吹き込まれたとか?そんなのいつ?

 もやもやとしながら考えていたら、派手なあの衣装がひらりと視界に映った。


「ライナルトだ・・・!」


 探すなら仲間は多い方が良い。変人だから、箱に足が生えたくらい余裕で飲み込んで協力してくれるんじゃないだろうか。私はライナルトの後を追い、その路地へと走り込んだ。


「ちょっと、ライナル・・・ト・・・?」

「やー、お帰り。よく帰ってきたね、私の小さきものよ」


 ライナルトは屈みこみ、何かを拾い上げているところだった。

 そして拾い上げたまま、私が駆けこんできたことに気が付き振り返った。その手の中には、なぜかあの足の生えた箱が収まっている。


「あれ・・・?何でライナルトがそれを・・・?」

「フッフッフ・・・可愛いお嬢さん。見られてしまったからには仕方ない」


 ライナルトは笑うと、懐にそれを仕舞いこんだ。そして不敵な笑みを見せながら私に語り掛けてくる。


「彼から『人魚の涙』を奪うべく仕組んだのは、ご覧の通りこの私だよ」

「なんで!いくら欲しいからって、こんな奪うような真似して良いと思ってんの!?」

「良いんだとも!だって私はね!」


 ライナルトは襟元に手を掛けると、バッと勢いよく服を脱ぎ捨てた。「何このど変態!」と思ったが、彼は新たな服をすでに着ていた。


「吟遊詩人とは仮の姿!私の正体は海のならず者、パイレーツ・オブ・アイベックスが船長!ライナルト船長なのさ!」


 青色の、童話でよく見るような船長服を着てライナルトは高らかに笑った。

 そう言えば、ここに来る前に鳩兵団が海賊が出るっていう報せを持ってきていた。つまりこの男は・・・


「魔族なのね」

「いかにも。アイベックス海賊団は盗みも本業。欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるのさ」


 彼のウィンクがこんなにも腹立たしいと思ったことは今ほどにない。

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