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第35話 闘技大会2

「勝者、ナイト・ウル・ダークネス選手!」

「うそ!?」


 審判の宣言により、ナイトの勝利を知ることとなった。

 しかし、正直に言えば予想外で思わず本音が声に出てしまう。それを隣で聞いていたイザークが窘めるように口を開いた。


「2人は、自分たちで思っている以上に成長している」

「そんな実感はないんだけど・・・」

「ゾンネンブルーメとラスタリナを何度か行き来したし、魔法陣を掘り起こす作業で足腰も鍛えられた。日々の魔物狩りだって教えていたしジャンピングフィッシュが跳ねた瞬間を何度も捕らえることでコントロール力も多少はついたはずだ」


 色んなことに意味があったのね。

 確かに、魔物を狩ったりイザークと組手をしたりといった修行じみたことはしていたけれど、その他にも自分たちの糧になるものはたくさんあったらしい。

 意気揚々、興奮冷めやらぬ状態で帰ってきたナイトは、かなりのどや顔を披露してきた。さすがにここは水を差せないので、素直に称賛の言葉を贈る。


「少年、ありがとう。実に素晴らしい試合だった」

「あ、どうも。こちらこそありがとうございました・・・」


 ライナルトもこちらに来てナイトに握手を求めてきた。彼がどのように戦ったのか知らないが、かなりの激戦だったんだろうか?ひと試合終えた清々しい笑顔で「また戦える機会があれば、次は負けないよ」とナイトにウィンクと共に伝えると、手を振り去って行ってしまった。


「私、全然見えなかったんだけど、どんな試合だったの?」

「あの人、何回か剣先を合わせている内に踏み込んできたから、避けて懐に飛び込んでとりあえず腹に肘入れたら倒れてギブアップしたよ」


 さすがに相手を扱き下ろしたりそういう下種な真似をしないナイトだが、それでも言葉を選んでしゃべった結果でこれである。


「総合部門出場者は集合してください」

「あ、総合部門も始まるみたい。行くね、ナイト。そっちもがんばって」


 運営の人から招集がかかったので、私とイザークは隣のステージの方へと移動する。そちらは刀剣部門や肉体部門に比べると女性や細身の男の人もいるようだった。

 何人かの試合を観戦したが、見ているとみんな魔法は使えてもそんなにバシバシと使ったりする訳ではないようだった。ただし自分の獲物との併せ技など、技術面では太刀打ちできそうにない面々も多くいた。


「次、マーガレット選手」

「はい!行ってくるね、イザーク」


 名前を呼ばれてステージに上がるとさすがに緊張した。

 相手選手として呼ばれたのは、細身の獣人族男性だった。たぶん、狼だ。こちらは獣キャバの娘たちとは違って顔は人型ではなく獣に近かった。服を着た二足歩行の狼って感じか。


「よろしくお願いします」

「よろしく」


 獣人族男性はスコットと名前を呼ばれていた。

 挨拶が済むと、その腕についている鋭い鉤爪を構えた。多分、総合部門に出場しているんだから魔法も使ってくるだろう。どんな魔法で仕掛けてくるかも分からないので、初めは様子を窺ってみよう。


「始め!」

「『突土隆壁マドウォール』!」

「わっ!?」


 審判の合図と共に、スコットは魔法を唱えた。途端に足元のステージが裂け、地面が各所にボコボコと盛り上がってくる。思いがけない震動に私はバランスを崩してしまう。

 そしてさすが獣人族である。ジークベルトと戦った時のナンシーを思い出した。彼女のスピードも桁違いだったが、スコットも目にも止まらぬスピードだった。自分で作った土の足場をするりと走り渡り、上から襲い掛かってきた。

 とにかく様子見なんてもっての外、魔法で防御をすることも間に合わない。何とか反射的に横に飛んで逃れるのが精いっぱいだった。

 とにかくヤバい。何とか近くにできた土壁に身を寄せ、スコットから見えないよう隠れた。

 スコットの唱えたこれはただの土壁を製造する魔法だ。攻撃のものではない。間に障害物を設置しようと地面を隆起させていくつかの壁を出現させたようだ。


「最悪だ・・・」


 私は思わず呻く。壁が出現したせいで相手がどこにいるか分からなくなったのだ。いつどこから攻撃を受けるか分からない状態で、私はとにかく壁にピタリとくっつき相手の位置を探る。

 しまったなぁ。あまり考えていなかったが、獣人族の方が五感は敏感だろうからこちらの位置を気取られるだろうし。


「『風裂斬ウィンドスプリット』」

「!・・・『断障壁ブレイクシールド』!」


 右側面から声と共にかまいたちのような細かい風の斬り太刀が飛んできて、私はまた防御一辺倒で障壁を張った。慌てて違う土壁に隠れ直せば、スコットの挑発が聞こえてくる。


「どうした!攻撃してこい人族娘。こちらばかりではつまらんぞ!」

「そんなこと言われたってね・・・!」


 分かりやすい挑発に焦ってしまう。対人戦が初めてとは言え、イザークに教えてもらっておきながらお粗末なものである。何とか打開策を考えなくては。


「『雨飛射弾ウォーターショット』」


 私はしばらく考えてから、とにかく実践あるのみと呪文を唱えた。

 手当たり次第に鉄砲の如く強力な水流弾を打つ。しかしながら、これでは身軽なスコットには当てることができず無駄打ちを何度もしてしまう状態だ。


「ふん。こんな速さで俺を捕らえられると思うなよ!獣人族最強の姫巫女には及ばんが、速さは俺の自慢だ!」


 土壁を上手いこと使いながらスコットは軽々と攻撃を避けていく。辺りは水流弾により水浸しだし、土壁には弾痕が入ったりしているが、厚い壁を崩すほどまでの威力はない。

 だが私は、それで良かった。むしろそれが狙いだった。


「獣人族の五感は人間には敵わない!俺には手に取るように分かるぞ!お前の位置が!」


 スコットは勝ち誇りまた足早に移動した。彼は私のにおいを追い、また隠れている土壁を嗅ぎ分けたようだ。そろそろ決着をつけたいらしく、次の攻撃を最後にするようだ。

 そっと気配を消しながら近づき、私の羽織が靡くのを視界にとらえる。鉤爪をひと舐めすると、一気に飛び出してきた。


「これで終わりだ・・・と、あれ?」


 それを私は一部始終見ていた。彼の背面から。

 スコットは飛び出したは良いものの、マヌケな声を上げた。土壁から靡く羽織は私が脱ぎ壁にナイフで打ち付けたものだ。そこには誰もおらず、振り上げた鉤爪は狙う場所を失い虚しく虚空を掻く。

 その瞬間を狙って、私は魔法を打ち込んだ。


「『火炎球体ファイアーボール』!」


 私の魔法は見事にヒットして、スコットは降参することとなった。何とか第一回戦はナイトに続き、私も勝利をおさめることができた。


「いや、見くびっていたよ。まさか水を撒いてにおいを誤魔化す戦法とは。自慢の鼻がこんな形で騙されるなんてな」


 対戦後の握手にて、スコットは快活に笑った。私も、苦肉の策だったが上手くいってホッとしている。


「しかし、見事な隠密のスキルだな。どこにいるか全く気付かなかった。まさか、冒険者として暗殺者アサシンか何かの職についているのか?」

「いえ。最近ちょっと隠匿の魔法に詳しい人に話を聞いて練習してたんで」


 ここに来てハイノから教わった人王お付きの使者の秘術が役に立ってくれるとは。

 最も、さすがに隠匿の魔法を理解することは不可能だったため、私が使えるのは人から見つけにくくなる程度の効果しかないのだが。それでも、これだけ遮蔽物のある場所だと効力があるようだ。

 私の第一回戦も、こうして幕を閉じた。

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