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第34話 闘技大会1

 大会のルールは以下の通りであった。

 まず、三つの部門に分けられる。刀剣部門、肉体部門、総合部門だ。

 刀剣部門と肉体部門は言わずもがな、獲物を所持するか否かの違いである。パーシヴァルとネイトなら刀剣部門に出場することになるし、チャドなら肉体部門に出場することになる。

 やはり、身体能力が高いということもあって肉体部門出場者は見た限り獣人族が多いようだ。耳や尻尾が生えていたり、はたまた顔がそのまま獣だったりする亜人が準備運動を行っていた。


「女の子でも、肉体部門に出場する子いるのね」

「獣人族であれば女であっても骨ぐらい簡単に折ってくる。気を付けろ」


 なるほど・・・

 そして、総合部門であるが、これは魔法が使える者に出場権を与えられる部門のようだった。

 本来は体術と剣術を両方使いますって人でも出場可能なのだが、魔法の使える者が総合部門しか出場枠がなく、ここに全員集まるらしい。そうすると、いくら体術・剣術に長けていても魔法相手に戦うのはどうやったって不利になってしまうことから、魔法を使える者が暗黙の前提条件になっているようだ。

 そして、『人魚の涙』や『乗船の権利』はこの総合部門の優勝・準優勝者に与えられる。


「ナイト、刀剣部門じゃない。勝ち進んでも『乗船の権利』手に入らないし!」

「総合部門にはマーガレットとイザークが出場するんだから良いだろ・・・」


 文句をつけてみるが試合が近づいているためか、顔を真っ青にしたナイトは口早に反論するとずっと無言を決め込んだ。先ほどから緊張のせいか何度もトイレに向かっている。

 頼りないナイトに呆れながらイザークに一言助言でもしてあげてと振り返るが、イザークはどこか一点を見ているようだった。不思議に思いその視線の先を追えば、そこには昨日の王国騎士団大尉ヒューバート・モージズ・スローンが近づいてきていた。


「やぁ、昨日はどうも。挨拶もできないまま申し訳ない」


 ヒューバートは人の好さそうな笑みを浮かべ、イザークに話しかけてきた。イザークは目礼だけで返事をする。


「私は王国騎士団大尉、ヒューバート・モージズ・スローン。今回は総合部門の優勝を狙いに来ている」

「イザークだ。こっちは、ナイトとマーガレット」

「お嬢さんも出場者だったんだね」


 総合部門に出場するということは、この人も魔法が使えるのだろう。

 ヒューバートはそれぞれに握手を求めてきた。これまで相当訓練も実践も積んできたのだろうその手のひらはゴツゴツとして固く、タコがたくさんできていた。騎士ということなので剣技にも長けているのだろう。さらに魔法もとは、かなり厄介な相手である。


「今日はぜひ、対戦相手としてよろしく頼むよ」

「なぜ俺たちに?」

「もちろん、脅威になりそうな人物くらい見れば分かる」


 ヒューバートは挑発的にイザークを見ると、一瞬ギラリと瞳を輝かせた。イザークが少しも動じないところを見て、ふっと息を吐くと快活な笑顔に戻り、「それでは、また」と颯爽と去って行ってしまった。

 歴戦の騎士って感じだ。何だか話していたら緊張してしまって、彼が去って見えなくなってから私は長く息を吐きだす。


「すごい人みたいだね」

「そうだな」


 しかしイザークはやはり気にも留めていなくて、私は何だか不思議だった。イザークほど強い力を持っている人なら、先ほどのヒューバートみたいに強敵手を望むみたいなところないんだろうか。

 そう思って聞いてみたら、少しビックリした顔をして、それから何か思い出すようにイザークは目を細めた。


「些細なことで良い。自分にできることを考え実行しろ。それは力を持ってる必要も、誰より強い必要もない・・・昔、ある人からもらった言葉だ。俺もそう思ってる」


 普段の無表情と違って、どこか熱意のこもったイザークは初めてで、何だか驚いてしまった。あまりにも真剣過ぎて私は何も言えなくなってしまって、そんな私に気付いたイザークはまた普段の無表情へと戻った。


「・・・すまない。変だったか」


 変とは言わないけど。

 いつもの調子に戻ってくれたので何となくほっとしながら、私たちは控えスペースへと向かった。どうやら初めに刀剣部門のナイトが対戦を行うようだ。


「ナイト、がんばってね」

「お、おう・・・」


 先ほどからトイレに何度も向かうナイトが心配で仕方ない。緊張のせいで顔から血の気は引き、口数が尋常じゃないくらい減っていた。プレッシャーに弱いタイプなのに、どうして出場申請を出したのか不思議で仕方ない。


「選手入場。第一試合、ナイト・ウル・ダークネス選手!」


 審判の呼び声で、ついにナイトの出番となった。正直、こんな名前で負けるのは恥ずかしくて仕方ない気がするが、ナイトの武運を祈るしかない。


「対して、ライナルト選手!」

「なんで!?」


 対戦相手として出てきたのは、なんと吟遊詩人のライナルトだった。ガチガチだったナイトもさすがに緊張を忘れ、思わず突っ込む。


「あの、『人魚の涙』がほしかったんじゃ・・・」

「フッ・・・当然さ。しかし、まさか・・・まさか、総合部門の優勝商品だったなんて、ね・・・」


 ライナルトは喋る内にドンドンと元気を失っていき、最終的には膝をついてしまった。相当のショックのようだが、部門について確認していなかったようである。


「だとしても、出場するからには精一杯やらせてもらうよ。私にもプライドはあるからね」


 何とか気持ちを持ち直してライナルトはフェンシングで使うような細長い刀身の剣を取り出すと、片手に構えた。剣先をゆらゆらと踊るように揺らしながらナイトを見据えるその眼孔は、油断ならない光を灯していた。

 ナイトも、少し緊張が解れたおかげかしっかりと剣を構えた。普段からイザークに教えを請うているのでブレの無いしっかりとした構えがとれていると思う。

 それでも心配だったのだが、両者が構えたことで周りの控え選手も試合観戦に前方へと集まってきた。みんな闘技大会に出場するだけあって血の気が多く、私は揉みくちゃになり思うようにナイトの試合を観戦できない。


「ナイト、大丈夫かな・・・と、うわ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい。通してください。ごめんなさい」


 心配しながら何とかこの混雑から脱出しようともがいていると、腰のあたりに何かがぶつかってきた。

 驚いて振り返ってみると、コロコロに太った二足歩行の仔ヤギが頭を抱えながら込み合う控えスペースを必死に進んでいた。その仔ヤギは何故かベストもパンツも着用していて、マスコットキャラクターか何かのようだった。


「ヤ、ヤギ・・・」


 他の出場者たちは観戦に夢中で気づかないらしい。小さな声で「ごめんなさい」と繰り返しながら、仔ヤギは奥へ奥へと進んでいった。

 何だったんだ、あの可愛い生物は。

 私は暫く消えていった先を見ていたのだが、周囲の観客から「うおおー!」と歓声が上がるので、再びナイトの方が気になりすっかりその存在を忘れてしまうのだった。

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