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第33話 大会に向けて

「イザークってすごいのね・・・」


 私は目の前に積みあがる無数の皿を前に、それだけしか言葉を発することができなかった。

 大きな4人掛けのテーブルに、端から端まで食べ終わった後の皿、皿、皿・・・さらにそれが幾重にも積み重なっているのだから、その光景は圧巻と言える。


「まだ足りない。が、もう資金も底を尽きる。終わりにしよう」


 むぐむぐと頬張りながら心なしか幸せそうなイザークは、手にしていた魚にたっぷりのあんが掛かったトルペ名物料理を全て口に流し込む。その皿を手近な山に重ねると、「会計」と店主に声を掛けるのだった。


「条件って、満腹になるまで食べることだったのね」

「それにしても、一体この量の食べ物はどこに収まったんだ?」


 ナイトも呆然とテーブルの上を見渡した。どうやら、イザークはかなりの大食らいらしい。今まで一緒に旅をしてきた中では抑えていたようで、全然気づかなかった。

 そして当然のことながらイザークが満足するまで料理を頼んだので、フライングフィッシュの依頼報酬は全てここにつぎ込まれ消えてしまった。


「それでも、これでイザークは明日の闘技大会もばっちりの態勢で臨めるな!」

「なんだ、大食いの兄ちゃんたち、明日の闘技大会に出場するのか」


 どうやらこれだけの量を平らげていたことから注目を集めていたらしく、隣のテーブルで酒を飲んでいた男に声を掛けられた。どうやら相当酔っているらしく、顔が赤い。


「それなら、その大食いを評していっちょ兄ちゃんにも賭けてやろうかな」

「駆け?賭け事が行われてるんですか?」

「そりゃもちろん。俺たち漁師は毎年この闘技大会で優勝者を予想するのが楽しみってもんなんだ」


 漁師はフレドリックと名乗ると、イザークの名前を確認し机の上に銀貨を1枚取り出した。そうして「損させんなよ」と笑いながらイザークの肩をバシバシと叩く。


「フッフッフ。それなら、イザークだけではなく、この俺の名前も覚えておいた方が良い・・・」

「お。兄ちゃんも参加すんのかい」

「いかにも。俺の名前はナイト。ナイト・ウル・ダークネスだ。覚えておきたまえ」

「おお。あんた、どっかの貴族か何かか?大仰な名前だな・・・」


 久しぶりに聞くナイトのフルネームに私は閉口した。たぶん、大会にはそのフルネームで登録したのだろう。別に何だって良いのだが。


「それでも、まあ優勝はムリだろうな。今年はすんげぇ奴が参加だから」

「すんげぇ奴?」

「ほら、あっち見てみろ」


 フレドリックに促されてそちらに視線を向けると、端の席で黙々と料理を口にする男がいた。

 その雰囲気だけでも只者でないことが窺える。装備にいたっても、質の良さそうなプレートアーマーを着こなしていて、自身の背丈も超えるような大剣を背負っていた。


「今日、冒険者ギルドからの依頼を受けてちょうどクラーケンを討ってきたらしい。だからってあんな格好のままでこんな小せぇ料理屋に来なくったってとは思うがな」

「狭くて小汚い料理屋で悪かったね!」


 フレドリックはちょうど新しい酒を運んできた店の女の子にギロリと睨まれると、身を竦め「そこまで言ってないよ、ポリー」と取り繕った。どうやら、フレドリックはここの常連らしく店の人とも親しいようだ。


「あの人、ヒューバート・モージズ・スローン様って言って、王国騎士団の大尉を務めてる人だよ。本来ならクラーケン退治なんて仕事じゃないって言うのに、手が空いてるからって助っ人に入ってくれたのさ」

「王国騎士団・・・」

「フレドリック、あんた海の男ならクラーケン退治してくれた恩人に感謝こそすれそんな罵倒の言葉を向けるのも烏滸がましいと思わないの?」

「罵倒まではしてないよ、ポリー」


 ポリーはプリプリと怒りながらカウンターの方へと戻っていった。


「何だって王国騎士団の大尉を務めてる人が、闘技大会に出場を?」

「そりゃ、王命だからさ。何でも、王が息子にエルフの嫁をもらうって言って、その贈り物に『人魚の涙』を贈りたいらしいぜ」


 エルフの嫁って、それはルークスリアのことではなかろうか。

 あの生真面目な姫が知れば「いらんわ!」と憤慨しそうな話である。王国騎士団なんて凄そうな肩書の人をそんな嫁候補への贈り物の調達に向かわせるなんて・・・


「その『人魚の涙』ってどんな物なんだ?」

「知らないのか?てっきり、みんな闘技大会に出場する奴はそれがほしいんだと思ってたぜ」

「それは、私から説明しよう」


 フレドリックが酒をぐいとひと飲みしたとき、聞き覚えのある声が横入りしてきた。


「また会ったね、美しきお嬢さん」


 またお前か!

 バイオリンを奏でていた弾き語りの麗人が、ワインを片手に揺らしながらそこには立っていた。私が呼ばせた訳ではないのに「美しき・・・?」なんてナイトが変な視線を送ってくる。


「お前さんは・・・?」

「私はライナルト。旅の吟遊詩人さ。今回、私も『人魚の涙』がほしくて、闘技大会には出場させてもらうんだ」


 ライナルトは何故か誰の許可も得ないまま席に着き、ワインを口に運んだ。どうやらこの人もここで食事を取っていたらしく、話を全部聞いていたようだ。


「この『人魚の涙』とは、カトライア大陸にある魚人の治める国、エンヴィレナに住む人魚の娘が感涙した時に落ちる滴が固まったもの。それはどの宝石にも優る輝きを持ち、希少価値の非常に高いものなんだ」


 紛うこと無き人魚の涙のことらしい。もちろん、珍薬というくらいだから、ただ美しい結晶という訳ではないのだろう。


「そう、『人魚の涙』は、肌に塗れば若返り、美しくなれるのだ!」


 美容品!?


「とある人族のレディはしつこいニキビ痕に悩んでいたらしいが、この『人魚の涙』を塗ったことで、あら不思議。その肌は昔と違わぬ美肌を取り戻したとか」

「そんな逸話がたくさんある薬だなぁ」


 ライナルトとフレドリックは「うんうん」とその有用性について話が弾んでいるが、こちらとしてはガッカリである。人魚の珍薬なんてものすごいファンタジーなアイテムっぽいのに、ただの美容薬品だなんて。


「なるほど、そんな美容薬はエルフの嫁に贈って機嫌を取りたいって王様は考えてるわけだ」

「私だって、その『人魚の涙』を得て、この世の美しきレディに贈りたいのだ」


 ライナルトは『人魚の涙』を夢見て、そうしてワインを飲み干す。そして私からの視線に気づいたのかウィンクを送ってきた。


「私からの贈り物がほしいって顔をしてるね。私の可愛い人よ」

「いえ。結構です」


 さすがに付き合っていられなくて、ズバッと断る。この人はおかしな人なのだ。

 会計も済んでいたようなので、私たちは席を立った。気づけば、王国騎士団の彼はすでに退店していたようだ。こんな狭い店なのでこちらの話も聞こえていただろう。申し訳なかった。

 それにしても、


「何とも都合よく要人の集う食事処だな・・・」

「寂れて人も集まらそうな料理屋で、悪かったね!」


 そんなこと言ってないよ、ポリー。

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