第32話 春の訪れ
とにかくまずは宿を取った。荷物を下ろし、脱力してしまう。
船については後で考えるとして、ナイトはギルドにジャンピングフィッシュの依頼報酬を受け取ってきてもらうことにした。ついでに良さそうな依頼があれば受けてきてもらうことに。
「私も外に出てくる。宿にいたって仕方がないし」
「そうか」
イザークに断りを入れ、町へと出かけた。まだ日が落ちるには早く、たくさんの人々が活動している。
さてお金を稼ぐなんてどうしたら良いのやら。ブラブラと歩きながら、こんなお金に困る状況に陥るなんて、元の世界にいた時は一度も考えたことがなかった。それほど前の生活は豊かだったしそれが当然だと思っていた。
広い通りに出ると、ふと路上でバイオリンを弾く派手な男を見つけた。
そうか、路銀を集めているのか。なるほどそういう稼ぎ方もあるなと思ったが、生憎小学校のころピアノを習った程度で手に職とでも言おうかそんな技術は皆無であった。
「可憐なお嬢さん。そんなに難しい顔をしてどうしたんだい?」
じっと睨みつけるように見ていたせいか、バイオリンの男に声を掛けられてしまった。
改めて相手を観察してみてビックリである。この世の者とは思えないほど秀麗で整った顔立ちの男であった。儚く壊れてしまいそうなそんな印象を抱かせる透き通ったガラスのような瞳や、潮風に靡き揺れる柔らかで腰ほどまでに届きそうな長い髪。笑みを携えた唇は薄く魅惑的でその動きの艶めかしさに厭らしさはなく作り物のようである。普通の人が着れば滑稽に映りそうな派手な衣装を身に着けているが、その人離れした美しさに着こなされ、完成された人形であるかの如くであった。
「君にそんな顔をさせてしまうのは、一体どこの不届きものかな?野に咲く花のようにいじらしく愛らしい君には陽だまりの中を風にそよぐハルジオンの様な笑顔が似合うよ」
どないやねん。
うっかり私の脳内も詩的な文章が飛び出すほどの麗人である。しかしながら、ひとこと言わせていただければシラケ世代の現代日本における女子高生である。
申し訳ないが詩的に美しい謳い文句も「さっむ」の一言で一蹴してしまいたいほど肌に合わない。こんなさぶいぼが立つようなセリフを真顔でガンガンに吐き出す麗人にビックリしてしまうが彼の麗しい唇はお構いなしである。
「僕から君に歌を送ろう。この世の不条理の最中で迷子になった子羊さんにはこの歌がせめてもの慰めにでもなれば良い。一息ついたらきっとまた春風は舞い降り君の笑顔も戻るだろう」
「あ、忙しいと思うんで・・・私は別に・・・」
「それではご静聴を。『Arrivée du printemps』」
日本人的ストレートに断れない精神が見事に発揮され、私への歌とやらがギターの弾き語りの如くバイオリンにて披露されてしまった。自由か。
バイオリンでの弾き語りなんて初めて見た。どうやら顎を少し浮かせ楽器を固定させずに弾いているようだ。私の中では斬新かつ歌ってもらっているという申し訳なさから、恥かしいけれど終わるまでお付き合いするハメになった。
「ご清聴どうもありがとう」
「は、はぁ。どうも。ありがとうございます」
拍手を送るのは残念ながら私一人だ。いや、確かに本当に技術面で言えば相当上手かったと思う。素人の私が聴いてもそう思う。
「いかがだったかな可愛い子猫ちゃん。君の寂しく震える心に僕の歌が少しでも寄り添えていたら良いのだけれど」
「素晴らしかったです。どうも、どうも。ありがとうございます」
細められた瞳は愁いを帯び悩まし気であった。ああ、めんどくさいからもうあまり形容詞は使いたくないし深刻なボキャブラリー不足に吐血しそうである。
「元気が出ました。最高です!どうも。それでは!」
「Tempête à venir」
逃げてしまおうと言い訳もそこそこに足を動かせば、彼は意味深に笑みを浮かべて見せた。
「気を付けたまえ」
どういう意味か聞く間もなく彼はバイオリンをしまうと颯爽と去っていった。
ああ言うのはナイトの厨二病と大差ないと私は思っている。大きな違いと言えば、それが本物であるかどうかというくらいである。彼は本物だとは思う。私にはどうも合わないが。
宿に戻るとナイトも帰ってきていた様子であるが何やら興奮した状態だった。
「どうしたの?何か良い依頼でも見つかった?」
「いや、依頼ではない。驚くが良い・・・これを見よ!」
ナイトが取り出したのはチラシのような1枚の紙切れだった。真ん中に剣が2本クロスするように描かれている。残念ながら、文字はまだ読めない。
「イザーク、読んで」
「・・・闘技大会の・・・知らせ?」
イザークが見出しを読み上げるとナイトは得意気に胸を張った。
「その通り、闘技大会だ!ちょうど3日後に開催されるらしから、みんなエントリーしといたぞ!」
「はあ!?」
何を勝手なことをしているんだ。もしかして、賞金がものすごい莫大とか?
だとしたって、勝手すぎるだろう。
「ちょっと、いくらなんでもこっちの許可を得もせずには酷いんじゃないの?」
「申し込みの締め切りが今日までだったのだから仕方ない。我々は、この大会に参加せざるを得ないのだよ・・・」
確かに貝合わせも今はルークスリアに渡してしまっていたため連絡の取りようがなかった。それでも私はまだ納得ができずナイトを責めようとしたのだが、思わなぬ伏兵が現れた。
「ふむ。2人の修行の一環としても申し分ないな」
「え!?イザーク!?」
「今まで魔物相手に立ち回る方法は教えてきたが、対人戦に関しては何もできなかった。2人とも、なるべく勝ち上がって数多くこなして来い。これもまた力となる」
イザーク師匠が乗り気になっているようで、キラリと目が輝く。
ナイトも思わぬ味方を手に入れたことで調子に乗り、イザークの援護を受けながらさらなる説明を加えてきた。
「それに、腕試しだけじゃないんだ。イザーク、報酬についても読み上げてくれ」
「これは・・・」
イザークがチラシの一部に目をとめた途端、わずかに目を開く。私も何事かと逸る気持ちを抑えながらイザークを見やれば、彼はこちらを向き答えた。
「1位はカトライア大陸の珍薬『人魚の涙』・・・2位には、トルペ号乗船の権利が送られるそうだ」
「乗船の権利・・・」
「な、俺たちにピッタリの報酬だろう!」
何と言うご都合主義と言うべきか、それとも海港都市ならではの報酬と言うべきか。
さすがに私も驚きで言葉を失ってしまった。しかし、ニヤニヤするナイトにまだ言うべきことが残っているので、私はまた口を開く。
「ピッタリだとしたって、私たちが2位まで勝ち上がれると思ってるの?」
「マーガレット、始まる前からそんな弱気では勝ち進めんぞ」すっかり師匠モードの発動してしまったイザークはさすがに今は黙っていてほしい。
「まぁ、まぁ。確かに俺とマーガレットじゃ1位2位なんて難しいかもしれない。けど、忘れてないか?俺たちには、魔族のイザークさんがついているんだぞ!」
ナイトは自信満々で、イザークの肩を揉みだした。他力本願も良いところである。
でも確かに、魔族であるイザークの力はそんじょそこらの人族なんかは太刀打ちできないだろう。もしかしたらという気持ちを込めて2人でイザークを見つめる。私たちの期待の視線を受けて、イザークはいつもと変わらない口調で切り出した。
「俺でも、少し難しい」
「うそ!?」
イザークって、実はあんまり強くない?それとも、人族の冒険者って実は強者揃いなんだろうか。確かに先の戦争では人族が魔族に勝利したと聞くし、パーシヴァルたちはあんなに頼りになったのに冒険者ランクDであったし。
「ただし、ある条件を満たせれば、何とかなるが」
「ある条件・・・?」
私とナイトは唾を飲み込みイザークの次の言葉を待った。




