第31話 トルペ港
海港都市トルペも活気ある町であった。正しくイメージ通りの港町である。
カモメが飛び、潮の香が鼻に届く。造船所と思しき場所には滑車のついた木製のクレーンのようなものがいくつも並び、水面には大小様々な船にボートが並んでいる。また、すぐに荷物が運び込めるように水路に面したところには倉庫街もあった。
「ここがトルペかぁ・・・」
ゾンネンブルーメと負けず劣らぬ活気のある町である。さながら中世ヨーロッパのような街並みが目の前に広がり、テンションもつい上がってしまうと言うもの。
「私、船って元の世界でも乗ったこと無いや」
「俺もだ!」
私とナイトはキャッキャとはしゃぎながら船乗り場の方へと急ぐ。道すがらには完全装備の屈強な男たちが多く見られた。しかしみんな船乗りと言うよりは冒険者といった風貌に思われる。
「何でこんなに冒険者がいるんだろう?みんな船に乗りたいのかな?」
「さあ?どうだろう。それより、見ろよ、見えてきた!」
大きな船が桟橋に横付けされ、板を渡してそれを足場に荷を運び出す屈強な海の男たちがいた。どうやら目の前の船は漁船のようで、漁から戻ってきたところらしい。
「すっごいなぁ。これは漁船だから乗れないよね?どの船だったら乗せてもらえるんだろう?」
「そういうの何て言うんだ?クルーズ?違うか。客船?」
「何だ坊主たち、船に乗りてぇのか」
あまりにもはしゃいでいたら、見かねたのか1人の船乗りが声をかけてくれた。腕も足も筋肉がパンパンで、重そうな樽を苦も無く持ち上げている。
「私たち、スロテナントに行きたいんです」
「スロテナント?」
船乗りは仲間の船乗りと顔を見合わせると、「何でまたあんなとこに・・・」なんて苦笑しながら教えてくれた。
「船に乗りたいんなら、どこでも最低一人銀貨20枚は必要だ。しかもスロテナントなんて今はよっぽど船出してないから、もっとかかるだろうな」
「えっ!」
銀貨20枚・・・?
確か、1金貨=10銀貨=100準銀貨であり、1準銀貨=10銅貨=100準銅貨である。
ゾンネンブルーメから狩りながらきたジャンピングフィッシュの数は68尾。一尾につき準銅貨8枚だったため、報酬としては5準銀貨4銅貨4準銅貨。
私たちは3人なので、船に乗るためには銀貨60枚が必要。面倒なので報酬を端数切捨てで準銀貨5枚と考えると、60枚貯めるにはこの狩りをあと120回行わなければならない。あと8092尾のジャンピングフィッシュを狩らないと船に乗れないのだ。
「そんなのいつ終わるんだよ・・・」
「それじゃ、他の依頼は?」
私たちは急いでギルドへと走った。
しかし、残念ながら私とナイトはまだEランク冒険者であるため、一番高い報酬でも銅貨2枚稼げるかどうかという程度だった。かと言って上のランクの依頼を受けるためにはまず冒険者ランクを上げるための試験をギルドで受けなければならないと言う。
果てしなく時間がかかる。相当面倒である。
「まさかこんな落とし穴があるとはな」
「ちょっとイザーク、どうにかしてよ。魔族なんだから、ビューンと飛んでいったりできないの?」
表情の変わらないイザークに思わず八つ当たりをしてしまったが、無理なんだそうだ。やっぱり転移魔法陣はお伽噺レベルで実現不可能だし、海を休憩もなしに人2人抱えて飛んでいくなんて、例え自分ひとりでも体力的にできないんだそうだ。魔族と言っても他の種族より魔法が使える種族って言うだけで、何でもかんでもできてしまう存在と言う訳ではない模様。
「そんなことができるってなったら、魔女くらいのものだろう」
「魔女?それは魔族とは違うの?」
魔女も魔法使いも全部同じようなものだろうと思っていたけれど、どうも違うらしい。
「魔女って言うのは突然変異でメチャクチャな魔素を使いこなすようになった奴のことだ。そんな存在だったら転移魔法だって使えるだろうし海だろうと山だろうとお構いなしで超えていけるだろうな」
都市伝説級の怪物らしく、イザークも見たことはないらしい。そう言えばディアナなんかも、魔法を使う女の子だけど魔女とは呼ばずに魔術師って呼んでいたし、その辺は区別された存在なんだろう。
「そんなことよりも、船だよ!お金だよ!折角いざ、乗り込んでやろうって決めたのに、こんなところで手詰まりなんて」
「どうされましたか」
八方ふさがりに頭を抱えていると、知らない男に声を掛けられた。穏やかな中年の男性で、ニコニコと人の好さそうな笑みで問いかけてきた。後ろには同じように優し気な笑顔の女の人も立っている。
「お困りですか?」
「いえ・・・あの、船に乗りたかったんですけど、お金がなくて・・・」
「ほう。そうですか。それは大変ですね」
男性は同情的に眉を顰めると、しかし心配ないとナイトの肩を叩いた。
「私がお困りのあなた方に、ぜひともアドバイスをさしあげましょう」
「アドバイス?ですか・・・」
「そうです。全ての救いとも言えるものです」
ちょっと、笑顔が逆に怖い。肩を掴まれたナイトは逃げることができず、助けを求めるようにこちらに視線を送ってきたが、敵意のなさそうな男性に私もどう対処して良いのか迷ってしまった。
「エルフ様に祈りを捧げるのです!」
「エ、エルフ様・・・?」
「そう!あなた方はあの神秘な種族の方々を実際にご覧になったことがありますか?」
「それは、ちょっと、まぁ・・・」
頷くナイトを見ると満足げに男性は「それなら話が早い」と頷いた。いつの間にか後ろに控えていた女性もナイトの両手を握りしめ、男性と共に空を仰ぎ見ていた。
「エルフ様に祈りを捧げるのです!神々しい彼女たちはみなを愛してくれます!」
「慈悲深きお方・・・」
「彼女はきっと道に迷った貴方を救ってくださるでしょう」
「聖母にして最高神・・・」
「そしてその救いを受けるべく、あなた方は持てる限りのお布施を捧げるのです」
そうして男性に肩を、女性に両手を取られ身動きの取れなくなったナイトは涙目で答えるのだった。
「だから、そのお金が必要なん・・・です・・・」
その後、いかにエルフの愛が尊いものか、金品なんて取るに足らない物かということを語られかけたが、何とかナイトを2人から切り離して逃げることに成功した。正直、ずっと笑顔ではあったが必死過ぎて気持ちが悪かった。
「兄ちゃんたち、災難だな。エルフ信仰の信者に捕まるなんて」
「エルフ信仰?」
またしても知らない人に話しかけられて、もういっそ恐怖であったがその人は教えてくれた。最近カトライア大陸で流行っている新興宗教だそうだ。あちらのエルフにカリスマ的教祖の女性エルフが君臨したそうで、エルフに没入する者が後を絶たないんだとか。
「あれは狂信的だからな。気を付けた方がいいぜ」
どうやらとんでもない人たちに絡まれていたらしい。




