第30話 再出発
再びゾンネンブルーメに着いたとき、パーシヴァルたちは歓迎してくれた。
「マーガレット!災難だったわね!」
ディアナは私に飛びつき、慰めてくれる。確かに、牢に入れられ嫌疑をかけられ正しく災難であった。
「それで、ネイトの体奪ってたって言う魔族はどこなんだ?」
「チャド、あんまり大きな声で言わない方が良い」
チャドもパーシヴァルもにこやかだが、やはりイザークのことを気にかけていた。とりあえず彼はこの町には着いてこなかったことを伝えれば、残念そうに笑った。
「お礼をしてやんなきゃって思ってたんだがな」
「止めなさいよ、チャド。私たちDランクじゃ魔族なんてまともに戦えないわ」
「いや、個人的な力で言えばチャドならCランクくらいにはなるし。良い線行けないか?」
「イザークには会ったが、見た限り隙の無い魔族だった。チャドでも難しいぞ」
4人は久しぶりに全員揃って嬉しそうだ。ワイワイ騒いでいるのを見ていると、何だか微笑ましい。だけど同時にとても心苦しかった。
「パーシヴァル」
「ん?どうした?」
「騙してしまってごめんなさい」
頭を下げ、謝罪を示す。結局、私たちはネイトの体が奪われていることを知っていながら、自分たちが帰るために黙っていたのだ。随分とまぁ勝手である。特にチャドなんかは会った瞬間に怒鳴ってくるんじゃないかと思っていたがために、なんだかそこに触れてこないことが怖かった。
「良いって。別に何か悪いことしようとしてたんじゃないんだろう?」
「と言うか、ネイトもマヌケだな。冒険者なんだからてめぇの身くらいてめぇで守んねぇとな」
「チャドだって狙われればきっと奪われてたぞ」
「俺はそんなヘマしないね」
「相手は魔族よ。仕方ないじゃない」
相変わらず人の良いパーティである。いつか必ずお返しをしなくてはならない。
「それで、トルペに行きたいんだって?」
「スロテナントって、今は行けるんだっけ?ドワーフも気難しい種族だからな」
「と言うか、仲良しの種族なんてこの7種の民族ではないでしょ」
パーシヴァルたちからトルペについて少し教えてもらうことができた。なんでもトルペはグリーダッドの中央を流れるカリスという川沿いに栄える海港都市で、主にカトライア大陸との貿易が盛んなようである。ここで仕入れた物資はこの川を伝いゾンネンブルーメに届けられるらしい。この国唯一の港町とのことで、他国の文化も多く出回っていて、おもしろい所のようだ。
トルペは魔族との戦争をする前はスロテナントとの交易も盛んであったが、戦争以後は交易も減ってしまっているとのこと。噂では、時折ドワーフの里が雲隠れにあったかのように消えてしまうんだとか。
「消えるって、そのドワーフの里が?」
「そう。神隠しとかって噂が回ってるよ。中ではドワーフが地中深くに里を移してるんだって話もあるし」
「モグラかよってな!」
「でも消えたと思ったら、またあったりって、話が要領を得ないのよね。噂もどこまで信用できるのやらって話よ」
ラスタリナの時といい、一癖も二癖もありそうな話である。なんだってこの世界では民族によって仲が悪いんだか。そう思ったが、自分の元の世界だって変わりはないかもしれないと思い直した。
「とにかく向かってみるしかなさそうだな。何、パーシヴァルたちよ。我々はまたこの地に帰ってくる。またしばしの別れだ」
ナイトがそう不敵な笑みを見せる。またナイト節の復活した彼を見て、パーシヴァルたちは笑った。
「それじゃ今日はまたお別れ会だな。そうだ、貝合わせは返すよ。必要だろ?とりあえず、晩飯は豪勢にいこうじゃないか」
「よっし、会場はどうする?獣キャバはしばらく休業らしいんだよな、くそ」
「ちょっとチャド、女の子がいるのにキャバクラで飲もうなんてしないでよね」
「それより金に余裕はあるのか?」
「しみったれんなよ、旅の送り出しはいつだって盛大にやんなきゃな!」
その晩はまた自分たちなりに盛大な送別会を開くことになった。飲んで騒いで別れを惜しむが、この間よりは随分と明るく楽しく過ごすことができた。まだ私たちは会うことができる。それだけでも何だかホッとしてしまう。
「グリーダッドに戻ったら連絡入れるのよ?またお買い物に付き合ってもらうんだから」
「無駄無駄、女はすぐに無駄遣いしやがる。装備なんて年期が入れば入るほど価値を増すんだよ」
「それは価値のある装備に限るだろ。皮制の盾はどんなに年季が入ったって皮制の盾だって」
「ラースラッドに行ったら、エクスカリバーとか手に入るかもしれんな。真の勇者にしか手にすることのできない究極の武器が俺を呼んでいる・・・」
「エクスカリバーって何だ?」
「おーい、酒が足んねぇぞ!もっと持ってきてくれ!」
「チャド、飲み過ぎだ。控えろ」
楽しい宴会は夜更けまで続くことになった。
***
町の外まで見送られ、歩いて少しするとどこからともなくイザークが現れた。
「・・・寝不足みたいだな」
「まあね」
すっかり遅くまで騒いでしまったせいで、今日の出発は目の下にクマをこさえてのものになった。しかしながら、誰も口にはしなかったが、私たちが行く先が魔族領とのことあって、誰もが心配し、それを口に出さずにいた。
ゾンネンブルーメからトルペに向かうには陸路と水路があった。しかし、水路は陸路よりも高く、持ち金の少ない私たちは大人しく陸路から向かう。それに、船に乗るにはさらにお金がかかるので、依頼も受けつつ行くことにした。ギルドに先に寄り、何か目ぼしい依頼が無いかを確認すると水路に現れる魔物を狩る依頼が丁度出ていたとのことなので、これをこなしながらの旅である。ゾンネンブルーメで受けた依頼であるが、トルペでも事情を伝えれば依頼完了の受理と報酬の支払いを行ってくれるそうだ。
依頼の討伐対象はジャンピングフィッシュという小さめの魚らしい。川魚って言えば無害に感じるが、跳躍力が半端ないようで、川から飛び出しぶつかられると肋骨くらいは簡単に折れるそうだ。何それ怖い。そのため、少し高めの一匹銅貨8枚である。尾ひれを討伐の証拠として提示すれば、その数に応じて報酬は支払われる。
「乗船するにはどのくらいのお金がいるのかな?」
「さあ。さすがに人族の常識には疎いもんでな」
「パーシヴァルたちも分からなかったしな。この世界は情報流通に関してまだまだ未発達のようだ。現代技術を教え込みより便利な世界へと導くのもまた我々の使命ということか・・・」
ナイトの言う通り、この世界の情報伝達の主な手段はあの鳩兵隊による言わば伝書鳩的なものらしいのだから、まだまだ発展途上と言わざるを得ない。
これから向かう海港都市を夢想しながら、私たちは移動して、途中で何度かジャンピングフィッシュを狩り、野宿するという行動を繰り返した。
ジャンピングフィッシュは基本、攻撃態勢に入ってからでないと跳ねないので見つけるためには底の深そうな場所を見つけたら投石をするのだ。そこに潜んでいれば投石に反応したジャンピングフィッシュは跳び上がるので、水面に現れたジャンピングフィッシュをナイフか魔法かいずれかの方法で仕留めていくのだ。正直、なかなか当たらなくて初めは苦労したが、数をこなす内にコントロールができるようになってきて、最終的には一発で仕留められるようになった。
狩ることのできた獲物は、トルペに着く頃には68匹分の尾ひれを集めることができた。
「これだといくら分になるんだ?」
「えっと、一匹8準銅貨だから・・・準銀貨5枚と銅貨に準銅貨がそれぞれ4枚ずつかな?」
ほくほくである。私たちは意気揚々とトルペへと乗り込んだのだった。




