第25話 無実の証明3
洞穴はそこまで深くはない。最奥には獣型に変身したイザークが待ち構えている。
使者の者たちがコソコソと中に入っていくのを私は木々に隠れて確認した。私は外から見張り、万が一彼らがイザークから逃げてきたら入り口で挟み撃ちにする算段だ。きっと彼らは聖獣様を凶暴化させようと、どんな方法かは分からないが企んでいることだろう。
「おかしいな。1人足りない・・・?」
「ここにいるっすからね」
背後に今まで気づかなかった気配を感じ、驚いて距離を取るよう地面を蹴ると、後ろには使者の内の1人が立っていた。中年のおっさんなのに、声が中学生みたいに若くて気持ち悪い。
洞穴からはイザークの咆哮、彼らの叫び声が聞こえた。
「こんな杜撰で白々しい計画に、わざわざハマるはずないっす」
「・・・でも、貴方のお仲間は中で私の仲間に捕まる。貴方1人で何が・・・」
「中の奴らは仲間でも何でもないっすよ。僕はちょっと手を貸してるだけっす」
嫌な笑みを浮かべ、男は近づいてきた。ふと立ち止まると、パチンと指を鳴らす。何事かと思っていたら、中年男性の姿から若い・・・推定14歳前後の年ごろの少年へと変わった。
「ま、魔族・・・」
「中々エルフは落ちないし、人王はイライラしてるし、面倒になってきたとこだったんすよね。そんな時に、ブルクハルトさんが言ってた女の子を発見するなんて・・・」
男は「ラッキーっす」なんて笑いながら、私の首を片手で絞めてきた。
「別にあの人の命令に従おうとか思ってなかったっすけど、エルフの方は長引きすぎて面倒だし、手っ取り早く手柄が立てられるあんたの方に獲物を切り替えようかなって」
「な・・・で・・・」
「僕、知りたいことがあるんす。人王に教えてもらう予定だったっすけど、人王の方が無理ならブルクハルトさんでもいいっす」
息が吸えず、意識が遠のく中で、男の最後の言葉が聞こえた。
「知ってるっすか?各種族の王と魔女の秘め事。俺はそれが知りたいんす」
***
起きた時、目の前には床が見えた。倒れていたようだ。起き上がろうとして体が動かないことに気付いた。
「縛ってあるっすから。大人しくしててほしいっす」
「あんたは・・・」
「まさかイザークさんと一緒にいたなんて驚きっすね。もしかして、すでに捕まった身だったっすか?」
少年は無邪気な笑顔を見せた。私は周りを確認してみるけど、古い山小屋のような場所としか分からなかった。今倒れている床も埃が舞っていて汚い。腐って抜けている床もあるし、相当古い建物のようだ。
「自己紹介してなかったっすね。僕はハイノ。魔族っす」
「マーガレットです。どうも」
「どうしてイザークさんと一緒にいたんすか?もしかして魔族領に向かおうとしてたとこっすか?と言うか、まさかすでに純潔は散った後って感じっすか?その相手がまさかあの堅物イザークさんとかないっすよね?それとも別の目的でもあるんすか?」
とにかく今のところ何かをしてくるつもりは無いのだろう。質問攻めも良いところだ。
「何でそんなに聞いてくるの。どうして何でってばっかり」
「だって知りたいんすもん。僕、知らないことがあるの、耐えられないんす」
そういう属性の魔族なんだろうか。彼からの質問はたくさんあるが、私だって知りたいこと疑問に思うことはある。
「どうして魔族が人王の元にいるの?魔族と他種族には深い確執があるって教えてもらったんだけど」
「僕は魔女の口利きで人王に紹介されたっすから。人王は魔女に逆らえないんすよ。まぁ、僕が魔族っていうことは大っぴらにされてはいないっすけど」
魔女?何だか色んなものがたくさん出てきて、頭がこんがらがってしまう。
「戦争するくらい嫌いなくせに魔女の口利きだろうが、そんなにすんなり受け入れられるって…実は言ってるほど人族と魔族の仲って悪い訳じゃないの?」
「いやいや、それは違うっす。受け入れざるを得ないほど、魔女の影響力はすごいってことなんすよ」
ハイノはずいと顔を近づけてくると嫌な笑みを浮かべた。
「人族の王が昔宣言した言葉があるっす。『生きとし生ける者は創造主たる神より尊き身体を授かりこの世に生を得たものである。それは生命の神秘とも言える神聖なる領域である』。これが根本の考え方なんす。これは人族以外の種族も共通して持つ考えっすよ」
簡単に言えば神様の与えてくれた身体は神秘的で大切なものだよっていう内容だろうか。
「そうしてこの言葉には続きがあるっす。『しかし、神より与えられしこの神秘の領域を侵す冒涜的生命が存在する。我々はその冒涜的生命を「魔族」と呼び、断固たる信念を持って排除し神より与えられし神秘を守る』と」
なるほど。私が出会った魔族であるイザークもジークベルトも、羽根を生やしたり獣の姿になったりと自由自在であった。目の前のハイノだって人族に化けていた。そういうのが他の種族からしたら冒涜的で神聖な領域を侵す行為なわけだ。
でもそれは、そういう体質と言うか、身体の構造なのだから仕方ないんじゃないかと思うのは、私が異世界の住人だからなのだろうか。
「これは根強い考え方っすから。他種族が魔族を受け入れることはそうそうないっす。でも、それを受け入れてでも人王は魔女に取り入りたかったんす。それが、魔女の秘め事っす」
「そう言えば、さっきも王と魔女の秘め事が知りたいって言ってたっけ?」
「そうなんす。7種族の王と魔女の秘め事っすよ!僕の知識欲も刺激されちゃうっす」
彼は知りたがりのようだ。好奇心旺盛なようで、キラキラと瞳を輝かせている。それなら、チャンスはまだある。彼の知識欲とやらを刺激するような話題を提供して時間稼ぎができれば、イザークが助けに来てくれるかもしれない。とは言え、異世界人でこの世界に疎い私にとっては、彼を満足させられる情報なんてたかが知れているんだけど。
「転移魔法陣!君は転移魔法陣がこの世に実在するって知ってる!?」
「・・・研究がなされているのは知ってるっすけど。でもあれは実在不可能っすよ。この世の真理でも確認しない限り僕たちに理解できる代物じゃないっす」
「そう思ってるかもしれないけど、現に私はその転移魔法陣で移動してきた人間よ」
やっとこさで思いついた話は、食いついてきてくれるかと思ったけれどハイノの反応は薄かった。多分信じていないんだろう。
「時間稼ぎがしたいからって、その手には乗らないっすよ。そんな夢物語信じられる訳ないっす」
「あら。知識欲が高いとか言う割に、視野は狭いのね」
「・・・なんすか、それ?」
「自分の理解できない範疇は信じないのね。確かに、あるものを証明するのは容易いが、ないものを証明するのは至極難解。理解できないものは存在しえないなどという考えは思考を停止させる行為。実に愚かである!」
分かりやすい挑発かと思ったが、彼は乗りやすい性格のようだ。苛立ちが随分と顔に出ている。
「それに、その転移魔法陣のところにイザークと一緒に行くところだったのよ」
「イザークさんと?・・・まさか本当に作れたっすか?」
あと一押しである。私も必死だ。とにかくイザークと合流できれば彼がこの少年を何とかしてくれるだろう。
「ほら、あるかもしれない転移魔法陣を確認する機会を逃しちゃうわよ。それでも良いの?」
「・・・あんた、もしこれでその転移魔法陣ってのが無かったら、その時はどうなるか分かってるっすね?」
何とかこの場での首・・・いや、貞操?は無事死守できた。
「もちろんよ」




